第17話 段ボールの縁
僕の隣にびしょ濡れの少女が飛び込んできた。外を見ると大粒の雨が線になって降っている。学校から帰る途中のようで、つま先から頭のてっぺんまでびしょびしょだ。
その少女が入ってきた瞬間から、僕たちの目はそこに釘付けになってしまった。なんとまあこの少女のかわいいこと。顔だけでなく動き全部がかわいい。濡れて足にくっつく制服のスカートを、親指と人差し指でおしとやかにつまんで小走りに走ってくるところや、そのスカートをぎゅっと絞っているしぐさ、額の水滴を顔を少し傾けて右手の甲で拭くしぐさまで、とにかくかわいい。
寒そうにしている少女に、思わず「僕があたためてさしあげましょうか?」と手を伸ばしそうになるがぐっとこらえる。
この少女に使ってもらおうと、タオルを探す。出発して5日目にもなると、川で足を拭いたのや、洗濯物をくるんでいるのばかりで、なかなかきれいなタオルがない。やっとのことで、もじゅがきれいなタオルを1枚見つけて、それを使ってもらうことにした。
「よかったら、これ使って下さい」
「えっ!あの、、、」
「濡れてると風邪ひいちゃうんで、どうぞ」
少女にしてみれば、急に変な汚い男が2人現れてタオルを渡されても困ったもんだろうが、僕たちはもう、英国紳士になった気分である。少女の「ありがとう」を聞くとすぐに背を向けスーパーの中に消えていくのであった。
かわいい少女への一方的な親切で気を良くした2人は食糧をあさり始めた。スープ、スパゲティ、お茶、水などを安い物からかごにほり込む。
あとは段ボールをもらえばいいだけだ。目の前を通り過ぎようとしたバイト君を呼び止める。そのバイト君は「ちょっとお待ちください」と丁寧に対応し、奥に消えていった。しばらくすると、みかんの箱を持って帰ってきた。
「この大きさしかないですけど、」
「もうちょっと大きい箱ないかなぁ」
「何を入れるんですか?」
橋の下で野宿するのに、敷いて寝るのだとも言いにくい。
「いやっ、ちょっと…。」
僕たちが顔を見合わせて困っていると、バイト君は声をひそめて言った。
「何かヤバイもん入れるんですか?」
いやいや、そんなわけないやん!思わずツッコミを入れそうになったが、ボケではなくて真剣に言っているのだと気づいて大笑いした。
正直にわけを話すと、奥の食品庫に連れていってくれた。
彼の名は萱原達也。札幌学院大学の一年生だ。夏休みで実家の富良野に帰って来ているのだという。僕たちが兵庫県からヒッチハイクだけで来たと言うと、自分もバイクで旅をしたいんだと言って目を輝かせた。
僕たちが段ボールを引っぱり出している間に、彼は持って行けと言って、自分がもらったコーラや、そこにあったきゅうりをくれた。おまけに大きな冷蔵庫を開けて、
「ぶどうもありますよ!どうですか?」
「いやいや、それ売りモンやろ?」
「大丈夫です!ここのバイト今日で終わりですから!」
「・・・」
そう言ってこっちを見ている顔にも愛嬌がある。僕はこいつは当たりだと思った。
僕たちは富良野のことを教えてもらおうと、今日ヒッチ中にもらった「ふらのまっぷ」なるものを広げて見せた。面白そうな所をいくつか教えてもらうが、明日だけではまわれそうにない。近くに温泉がないかと聞くと、「北の国から」で五郎さんと宮沢りえが入った温泉があるという。吹上温泉といって本物の露天風呂である。もちろん無料だ。
萱原はまたも声をひそめて付け足した。
「12時を過ぎると、女の人もタオル一枚で入ってきますよ!」
「マジでぇ!!ええなぁ!行きたいなぁ!!」
興奮して声が大きくなる2人を上目遣いに見ながら、萱原はさらに声を低くして言った。
「今夜、行きますか?」
「ええっ!?」
そんなんできるんですか?と吉本新喜劇の内場勝則風に聞き返しそうになるほど驚いた。萱原はやんちゃそうな顔をしてニヤニヤしている。
おかしなもんで段ボールの縁で北海道に友達が出来た。萱原との出合いは大きい。こいつのおかげで僕たちの富良野は充実したものになっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます