第15話 大事件!ヒッチ終了!?
白いワゴンが止まり、袈裟を着た住職さんが顔を出した。顔中でにこにこ笑っている。滝川の手前の砂川に法事に行くということで、その前のPAで降ろしてもらうことにする。この住職さんの話があんまり楽しくて、外の曇り空など忘れてしまう。
北海道に来てみて、乗せてくれる人々から受ける感じが本州とは違っていることに気付いた。そう感じるのは僕の心境が北海道に来て変わったからかとも考えたが、どうも北海道の人の親切さ、おおらかさは本州のそれとは異なるように思われる。ヒッチハイカーやライダーが多い分、僕たちのような人間に対する慣れがあるということは言えるかもしれないが、やっぱり北海道という広大な大地が生み出す人間の余裕とでも言うようなものを感じずにはいられない。
砂川のSAに着くと、住職さんは昼飯は食ったかと言って食堂に連れていってくれた。
「何にする?何でもいいぞ!」
「あっ、じゃっ、あの、カレーライスで・・・」
「カツ付けとき!カツカレーにしとき!」
「あっ、はい、ありがとうございます!!」
3人揃ってカツカレーを食べる。SAの割にはボリュームがあっていける。住職さんは時間がないのか、僕たちの倍のスピードでカツカレーをやっつけると、「これも片づけといてね」と言い残して急いで出ていった。自分が頼まないと僕たちが食べにくいだろうと、時間がないのにつき合ってくれたのだ。住所を聞いておきたいと思ったが、僕たちが見送ろうとするのを遮って飛び出していってしまった。その住職さんの格好が妙にかわいくておかしかった。
僕たちはまだ半分ほどもあるカレーをゆっくりと食べ、3人分の食器を返却口に返す。ぱんぱんの腹をさすりながら北海道の曇り空を眺めて、急に2人の動きが止まった。
「あっ!!」
2人が声をあげたのはほとんど同時だった。僕たちは顔を見合わせてしばし沈黙した。その沈黙を破ったのは、2人揃ってあげた笑い声だった。
「ははっ、はははははは、なぁははははははぁ!」
「あっはっはっはっは、はははははっ!」
人々の視線の真ん中。ボリューム全開のはじけるような声でこの旅始まって以来の爆笑。その合間にやっと言葉が出た。
「荷物、荷物…」
そう、荷物がないのだ。これまでお互いの背中にピッタリとくっついて、片時も離れることのなかったザックが見事に消えている。
車の止まっていた所に目をやっても、あの白いワゴンはもういない。僕たちの荷物は住職さんの車に乗ったまま法事に行ってしまった。僕たちは手ぶらのまま笑い尽くしていた。
考えてみると笑い事ではない。大事件だ。荷物は全部あの車の中で、僕たちは北海道の真ん中に体ひとつで置き去りにされてしまったのだ。寝袋や着替え、あと四日分ほどの食糧など、これからバリバリの活躍を期待されていた荷物がザックごときれいさっぱり消えてしまったのだ。
しかし、この腹の底からこみ上げてくる笑いは何だろう。自分でも不思議に思うが、このわくわくする気持ちが止まらない。むしろこのどうしようもないハプニングを喜んでいるかのようにも思える。
さんざん笑った僕たちはベンチにもたれながら、さあどうしようかと話し合った。
も「帰ってくるかなぁ」
中「でも、帰ってきたら確実に法事に遅れるよな」
内容は深刻だが声の調子は高く、心配の色はどこにもない。二人ともあの住職さんのびっくりした顔を想像すると、おかしくてたまらない。
も「法事に遅刻したらまずいもんなぁ」
中「まあ法事が終わったらまたこの道通るねんし、寄ってくれるやろ」
も「どんな顔しとるやろなぁ」
中「めっちゃ笑っとんちゃう!」
話は弾む。とりあえずあの住職さんが帰ってくるまではここを動けないし、夜になっても帰ってこなかったら旅を中止して帰ることも考えなくてはならないが、2人ともあの住職さんが帰ってきてくれることを信じて疑わない。この自信を支えているのは、住職が猫ばばするわけないとか、あの荷物を盗っても何の得にもならないとかいうことではなく、この1時間ほどで接した彼の人柄のみだ。
僕たちの前のベンチに3人組の女の子が座っている。大学生だろうか、アイスクリームを食べながら騒いでいる。それを見ながら、「不細工やなぁ」とか「1番左の子はかわいいぞ!」などとどうでもいい話をしていると、もじゅが叫んだ。
「帰ってきた!」
こういうことに気付くのはいつも、もじゅの方が早い。
見覚えのある白のワゴンが入口から入ってくる。ワゴンはすぐに僕たちを見つけて向かってきた。覗くと住職さんが顔中ぱっと咲いたような笑顔で僕たちを見ている。きっと僕たちも同じような顔をしていたに違いない。
「びっくりしたわぁ!バックミラー見たら何か乗っとうやん!」
住職さんの興奮した声が飛び出してきた。荷物を急いで降ろし、
「ほんますいません!ありが…」
言いかけた時には、住職さんは白いワゴンから手を振りながら出口の方へ向かっていた。小さくなっていく白を見送りながらもじゅ、
「遅刻やな、法事」
2人して思いっきり笑った。
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