第23話 知っていること

 早矢香がその時、何故、僕へ向けそんな事を執拗に訊いてくるのか理解出来なかった。一つ言えることは、彼女はとても真剣で、旦夕迫るような表情を浮かべていたということ。だから僕は、何も言わずに、否、何も言えず小さく微笑ことしかできなかった。それが答だと思ったから。

 そんな僕を早矢香は訝しい表情で見つめたと思ったら、ばれた嘘を隠す子供のように無邪気に笑ったんだ。


 左から緩やかな風が枯れた葉を運ぶ。上半身を前へ屈め、両膝と両肘を付けたまま視線を落とす。足元にあるピンクの葉は地面に張り付いたままだった。


「早矢香の言う通りなのかもな……」と、僕は一人呟いた。


 それから暫く、僕は顔を上げることが出来なかった。震える肩に優しく手を伸ばしてくれる人は、もうここには居ない。失う前から分かっていた。でも、失うなんて思いもしなかった。人は、いつか死ぬ。だから一日一日を精一杯生きろ! なんて言うけれど、誰もが今日、終わるだなんて知る由もない。だから、誰も今日の大切さに気が付かない。

 僕は今、冷たくなった掌で両目を覆った。


 

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雨の日は、あなたの傘に。 masato @masato_k

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