第1話 すべてが予定通り

 いつも通りの夜だった。いつも通りの寝苦しい夜。眠ろうとすれば、頭の中で見知らぬ誰かが騒ぎ立てる、そんな夜。僕は目の前の天井に意識を向ける。窓からは微かな光とバイクのエンジン音が聴こえる。いつものガチャガチャと耳障りの悪い音。その後すぐ階段を駆け上がるストレスな音が鳴った。それを数えながら午前三時だと朦朧とする意識の中で思う。新聞を入れられたことが嫌なのかポストの泣き声が立て続けに耳を刺激する。新聞なんてコンビニで見掛ける程度で、もう何年も読んではいない。意味のない寝返りをどれだけ打っただろう、その度に舞い上がる埃が気になって仕方がない。いつからだろうか、そのせいで僕は、毎晩マスクをして寝むっている。

 布団の中に入って何十回と見た時計の針を再度見た。大きな溜息を一つ吐いてから僕は上半身をゆっくりと起こす。呼吸を整え膝を立てる。アキレス腱が切れない様に慎重に足を前へと出す。この瞬間が一番恐ろしい。

 テーブルの上には六枚切りの食パンと昨晩作った飲み残しのコーヒーがある。いつもの光景だ。事務的に取る朝食に、僕は虐げられた気分になるんだ。飼われた魚のように我先に口の中の唾液へ群がる白い塊。必死に奪い取ろうとするその小麦の塊をコーヒーと一緒に何とか飲み込んだ。無味無臭の物体が自分の存在を主張するようにゆっくり食道を通ってゆく。鼓動の音が早くなり、そして大きくなった。こうして毎日、毎日、蛇の様に飲みこんでいる。何かに急かされるように、何かの祭りごとの様に……。生命を維持するだけの行動を繰り返す。三分おきに確認する時計は僕を見降ろし、見下し、笑っている。いつもそう感じた。

 一日の始まりを溜息で覆い、その中で過ごすことに慣れれば良いと自分に言い訊かせる。それでも重苦しい心には、いつまでも慣れることは無かった。


「……自由になりたい」


 僕はそう言ってもう一度溜息を吐き、欝々とした感情を確信もなく自由という言葉のせいにした。

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