【5】

ザワザワと人で溢れかえる店内。

そこには、汐里が想像していたよりももっとズンズンと、身体の芯から揺さぶるような重低音が響いていた。

そして、予想をはるかに上回る光の束が彼女たちを包み込んでいた。

タバコの煙が大人の空間を思わせる。

三人は顔を見合わせたあと、おもむろに前へと足を踏み出した。

店内を奥の方まで進むと、キャップを被った一人の男が何か叫んでいる姿が見える。

おそらくあれはDJだろう。世の中に疎い汐里にもそれはすぐに分かった。

DJの周りにいる大勢の人間が、それに反応するかのように手を振り上げて揺れ動いている。

じっと立っていると、後ろからどんどん入ってくる客の波が彼女の背中を押した。

「キャッ!」

汐里が叫んだ声は店内の大音量に吸い込まれるようにかき消されてしまった。

きょろきょろ辺りを見回したが、麻耶と咲子の姿はない。

あっという間にはぐれてしまったのだろうか。

こんな場所で一人にされてしまった汐里は一瞬怯んだが、三人とも店内にいるのは間違いない。

待っていれば必ず会えるはずだ。

不安な気持ちは隠せなかったが、どうにかこうにか店の端っこに設置されたソファーまでたどり着いた汐里はそこで二人を待つことにした。

この派手でやかましい空間の中には一体何人がひしめいているのだろう。

こんなに賑やかなのに、どうして今自分は一人ぼっちなんだろう。

色々な思いが汐里の中で渦を巻いたが、今ここから動くわけにはいかない。

ショルダーからサッとスマホを取り出し、麻耶と咲子にメッセージを送ったあと、そのまま肩身が狭い思いをしながらソファーに腰掛けていた。

「あれ、キミ一人なの?オレと一緒に遊ばない?」

 汐里の左側から声がした。パッと顔を向けると、見知らぬピンク色のツンツン髪をした若い男がこちらを見て笑っている。

耳には一体いくつ輪っかがくっ付いているのだろう。

黒いTシャツの袖から出ている両腕にはブワーっと派手な絵が描かれているのが見える。

これがいわゆる『タトゥー』というやつか。

「えっ!あ、あのっ?」

突然の出来事に汐里は挙動不審になった。

「キミ照れ屋さん?可愛いじゃん!もっとこっち来なよ」

ぐいっと肩を抱き寄せられて顔を近付けてこられたため、汐里はパニックになった。

これはいわゆる「ナンパ」というやつなのだろうか。

生まれて初めての場所で知らない男性に急に声を掛けられて肩を抱かれるなんて、怖いというのが正直な気持ちだった。

「ほら、これ!うまいぜ!」

オロオロしていた汐里の前に、男はサッとグラスを差し出した。

中にはピンク色の液体が入っている。

顔を近付けてみると、ピーチの良い香りがふわーっと広がった。

「うわぁ!何ですか、これ?」

汐里は驚いて男に尋ねた。

男は「俺の奢りだ。遠慮なく飲んでくれ」と言ってニコニコしている。

ピンク髪の男も、こう見えて悪い人ではないのかもしれない。

汐里は嬉しそうにコップの中身を喉の奥へと流し込んだ。

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