【第1話】ホワイトレディ

【1】

「ねぇ、ちょっと聞いてるの?」

「ふぁっ?」

汐里しおりはパッと顔を上げた。耳元で聞こえた声により、あっという間に現実の世界へと逆戻り。

夢見る乙女の夢心地な時間はあっという間に消え去った。

休み時間の教室はざわざわしている。

「まったく、また王子様の夢でも見てたんじゃないの?」

図星である。一瞬ドキッとしたが、それを悟られないように平静を装い、汐里は声の主である麻耶まやの方を見た。ツインテールが肩の上で揺れている。

「私だって、色々考えることぐらいあるんだから」

ぷいっとそっぽを向く汐里。その姿を呆れたように見ていたもう一人の声の主・咲子さきこが口を開いた。

「あらまぁ、そうですか。どうせ大したことじゃないでしょ。それより、汐里もこの話に乗らない?」

 ストレートでロングな髪を手で後ろに流しながら彼女は言った。

汐里の目の前で麻耶と咲子の二人は、嬉しそうに顔を見合わせて笑っている。

「ほら、あたしたちってもう高三じゃない?受験勉強が本格化してくる前に、何か楽しいことをやりたいねって言ってたのよ」

そう言って、麻耶はいたずらっぽくウィンクして見せた。

これは、彼女が何か企んでいる時の仕草である。

汐里は机に両肘をついたまま、きょとんとした顔で麻耶の方を見た。

もちろん、楽しいことは大好きである。

だが、この場合の「楽しいこと」とは一体何なのだろうか。

麻耶の隣で咲子も笑っていた。

「何?その表情。全く理解できてないって顔してる」

咲子が汐里の様子を見てとり、素直に口に出した。

「楽しいことって、一体なんなの?」

不思議そうな顔で汐里が尋ねた。相変わらずきょとんとしている。

麻耶と咲子は顔を見合わせたあと、代表して麻耶が一歩前に進み出て汐里の耳元で囁いた。

「(あのね、クラブに行ってみないかって話してたのよ)」

ニコニコと嬉しそうに話す麻耶の小さな声が汐里の耳を通して聞こえてきた。

『クラブ』。確かにそう聞こえた。聞き間違うような単語ではない。

「え、何それ?それって……」

汐里が話し出すと、咲子が彼女の口にさっと手を当てて話を遮った。

「『それって陸上部?』とか言うんじゃないでしょうね?違うわよ!」

汐里の目の前に咲子の顔が近づき、チッチッチと指を動かしながら話は続けられた。

そのまま、間髪を入れずに麻耶が話し出す。

「いくら大ボケの汐里でもクラブぐらい知ってるでしょ?あたしたち、大人の世界に一歩踏み入れてみようよって話をしてるわけ」

麻耶と咲子は楽しそうに笑っている。

クラブぐらい、さすがの汐里でも知っている。行ったことはないので想像するしかないのだが、大音量で音楽が流れ、重低音が響き渡り、ミラーボールがギラギラと光っている。

派手なオシャレをしたお兄さん・お姉さんたちが激しく踊りまくり、お酒を飲んだりしている場所なのだろうということは容易に想像がつく。

そんなクラブへ、彼女たちはいざ出陣しようとしているのだ。

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