第45話 ヒトガタの侵食⑥

 視界の位置が高くなる。体に力がみなぎっている。全身が熱くなるが、すぐにそれに慣れる。体に神経が通っているのかどうかがわからないが、何となくの体の感覚は存在する。人間でも動物でもない、圧倒的な力を持つ体が自分のものとなった。

 聖はナハトに変身したのだ。


 瞬間、光線が体を貫く。しかし、痛みはない。穴の空いた部分は、すぐに補修することができる。ナハトの体は、マナそのものでできているようだ。


 ナハトの攻撃が続くが、聖はそれを甘んじて受け止めていた。痛みがないのなら、気にする必要はない。


 今度はナハトの触手が体を包む。強い締め付けだが、聖はその部分を放棄し、空へと逃げ出した。そして、崩れていく体とそれに困惑するナハトを見つめる。


 ヒトガタは狼狂だという。それなら、今のナハトは脳もおかしくなり、知能が著しく低下しているはずだ。


 ナハトは本能だけで動いている。知能を持つ聖のほうが、この場では有利ではないか。


 聖は、さっき体のほとんどを放棄した。それでも、痛みもなければ疲労もない。ナハトだってそうなのだろう。

 同じように攻撃をしても、マナによって再生するため、ナハトを倒すことはできない。息の根を止めるためには、マナを消滅させなければならない。


 マナを持つ場所がどこかにある。それは脳か心臓である。

 多分、今聖の意識と同じ位置に、ナハトの核があるはずだ。


 聖は体を再生し、触手でナハトの体を掴みにかかる。

 ナハトは無抵抗で捕まるが、その状態のまま再び光線を乱射してくる。それは全て胴体を貫通していくが、聖は動じずにナハトの核に狙いをつける。

 ヒトガタだけに、ナハトの核も人の脳と同じ場所にある。頭だ。


 聖は光線を頭部に向けて発射する。突然の反撃に、ナハトは避けることもなく、直撃した。


 やった。聖はナハトを離し、距離を取った。これで、倒せたはずだ。


 しかし、ナハトのマナは消えない。消し飛んだ頭部も、すぐ元どおりに戻ってしまった。


 どうして……そこにあるはずなのに。


 ナハトは再び聖の体を捕らえにかかる。聖は空に逃れようとするが、脚を捕まれ、引きずりこまれる。


 再び体を棄てて逃げるが、ふと目まいがした。いや、この視界は目の情報ではないため、目まいではない。


 まぶたの裏に赤と緑の血管が走るような映像が、意識の上に乗り掛かってくる。

 血液が激しく体中を動き回る感覚。怒り、苦しみ、殺意と憎悪が聖を支配しようとしている。


 ――これは、ナハトの感情だ。変身した体に、聖の意識が乗っ取られようとしているのだ。

 聖は棄てた分の体を元に戻すが、それを許さないとばかりに、ナハトの攻撃も激しくなる。また体はボロボロに破壊され、修復が間に合わなくなる。


 そして、意識も危なかった。徐々に侵食され、落ちてしまいそうになる。

 外の敵と内の敵との戦い。聖はたちまちピンチに陥っていた。


 聖はいつの間にか、体の回復を止めていた。体のほとんどが失われ、ボロボロになった上半身が空に浮かんでいる。

 今、聖の意識は混沌の中にあった。ナハトを殺そうとする感情が存在するが、それに同調すると、多分、聖自身の意識が失われる。


 このままナハトに殺されるのか、あるいは身も心も化け物になるのか。どちらも嫌だが、自分がヒトガタになってしまったら、二体のヒトガタが存在するという、最悪の事態になってしまう。


 なら、変身を解いて、死を受け入れるのか。そのほうがまだみんなが助かる可能性が高い。


 機関が来れば、ヒトガタを倒せるかもしれない。時間稼ぎができたかどうかはわからないが、自分がヒトガタとして暴れることを考えれば、これがベストだろう。

 聖が諦め、変身を解こうとしたその時だった。


(――わたしが抑える)


 声が聞こえた。女の子の声。聖はこの声をどこかで聞いたことがあるような気がした。


 すると、意識の侵食が治まった。女の子は、心の中の聖を守ってくれたのだ。


 聖は再び現実のナハトを見据える。核のある場所が間違っていたとは思えない。この体はマナでできていて、伸縮自在に肉付けすることができる。


 それはつまり、核の場所も自在に動かすことができるということではないか。さっきは当たる直前に引っ込めたのだ。


 だとしたら、どうすればナハトを倒すことができるのか。

 考えている余裕はない。玉砕覚悟で、聖はナハトに近づいていく。


 ナハトの漆黒の装甲が目前に迫る。ナハトは触手で聖を捕らえにかかった。それを受け止めながら、聖は光線をナハトにぶつける。やぶれかぶれだが、核を捉える可能性もある。

 しかし、そう簡単にはいかない。ナハトを穴だらけにするも、すぐその穴は補修されてしまう。


 この瞬間、聖はひらめいた。聖は再びナハトに穴を開けると、捕まれていた部分を廃棄し、自らはナハトの内部に向かった。


 ナハトの中から、自らの体を構築する。すると、粘土状になったマナ同士が結合していった。聖とナハトは一部体を共有したのである。


「――オオオオオオォォォォ!!」


 ナハトの声が内部まで響く。自分の体の状態に不快感を抱いているようだ。

 聖は中からナハトの核を探す。それはすぐに見つかった。


 黒い世界の中で赤と緑が入り混じる、禍々しい物体が浮いていた。今、自らもこんな姿をしているのかもしれない。


 ふいに、意識が揺れる。また、内なる侵食が始まったようだ。


(――早く核を!!)


 女の子の声が聖を急かす。意識が混濁する中、聖は核に接近する。


 外からは、怨霊のような声にならない声が響いている。聖は核に近づき、そこで自分だけの体を構築する。


 そして核を掴み、力を入れた。


「――オオオオオオォォォォ!!!!!!」


 もうナハトは倒せる。問題は意識のほうだ。今現実に見えている核と、意識を支配しようとしているモノの姿がリンクする。


「うおおおおぉぉぉぉ!!」


 聖の意識が叫ぶ。混沌を払い、ナハトを倒すために。

 そしてついに、核を破壊した。その瞬間、ナハトの体が崩れ、ただの灰色の土と化した。


 意識の侵食は進んでいる。早く、元に戻らないと。

 そう思うものの、それが行動に繋がらない。自分じゃない自分が体を操っている。


 ぼくはいったい何者なんだ?


 薄れる意識の中、聖はこう問うたのだった。

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