第43話 ヒトガタの侵食④
◇◆◇
聖は蘭を抱えた琥珀と共に、北のほうへ移動を始めていた。聖の飛行は不安定なため、跳躍で移動している。
「……綾音さん、大丈夫かな」
誰に問うでもない言葉がこぼれる。それに反応したのは琥珀だった。
「わかりません。でも、綾音さんがダメなら、今ここに居る私たちも死にますよ」
琥珀の言うことはわかる。自分たちが行くとかえって綾音が危険であり、綾音に何かあれば次にやられるのは自分たちなのだ。
だから、ここから逃げることが綾音のためにも最善だ。聖は何度もそのことを自分に言い聞かせる。
それでも、何か自分に出来ることはないかと、必死に考えていた。綾音の迷惑にならずに、役に立てる方法を。
「――何か光った」
抱えられながらずっと後方を見ていた蘭が言った。その瞬間、大きな爆発音が響いた。
「……動き出しましたか」
「綾音さん……」
「急ぎましょう」
琥珀に急かされ、聖もスピードを上げる。
「あれが……ヒトガタの力……」
「先に距離を取っておいて正解でしたね。あれは結界でも防げそうにありません」
「綾音さん……今の当たってないよね?」
「大丈夫ですよ。あの人の反射神経は常人のそれを超越していますから
……私がいくら努力しても、絶対に当てられないんですよ」
心配する蘭に、琥珀は悲しげに答えた。
ヒトガタの恐ろしい力。確かに、綾音と琥珀の言うとおりだ。残っていても、真っ先に狙われ、足手まといになっていただろう。
それでも、あんな攻撃を見ると、逃げる自分が嫌になる。綾音はあんなのと戦わなければならないのだ。
綾音なら、ナハトの攻撃をかわせるかもしれない。それは綾音にしかできない。
「聖!?」
「聖さん? 早く!」
気づいたら、聖は立ち止まっていた。蘭と琥珀が驚いて声をあげる。
「――ぼくは、綾音さんのところへ行く! 二人は逃げて!」
聖は振り返り、移動を始めた。
「聖!! ――えっ?」
引き留めようとする蘭だったが、驚きの方が勝った。そこにはすでに聖が居なかったからだ。
「愛夢……?」
聖は愛夢に変身した。聖が知っている人物の中で最も速く移動できるからだ。
二人を残し、聖は綾音のところへ急いだ。
ナハトは、元々聖を探していた。ヒトガタを目覚めさせたのも、自分のせいだ。
それなのに、綾音を一人にして逃げることなんて、最初から無理だった。自分が居ても迷惑になるだけだと思っていたけれど、やれることがあったのだ。
綾音のために生きたいと思った。それは、綾音のためなら命をかけてもいいということだ。
美倉聖は何のために存在しているのか。それを示すのは今なのだ。
ナハトの居場所はどこに居てもわかる。だから、聖はそこに一直線に向かう。
空へ向けて光が何度も突き抜けていく。その先で飛び回っているのが綾音だ。急がないと。
ようやく公園の敷地内へと入る。ナハトはさっきの競技場よりも向こうにいる。
競技場の上空辺りで、聖は変身する。選んだのは、もちろん綾音の姿だった。
もうナハトは目前だ。魔装を手にし、大きなマナの刃を作成する。
目の前には、大量の触手が蠢いていた。それが一点に集中する先に、綾音がいた。
「ああああああぁぁぁぁ!!!!」
触手に捕らえられた綾音が大きな悲鳴をあげる。
「うわぁぁぁぁ!!!!」
聖は気合いを入れながら触手を一閃し、綾音を救出する。
ツタのような触手が絡まったまま、綾音は落下していく。聖は魔装を放り捨て、綾音を拾いに向かった。
「綾音さんっっっっ!!!!」
とっさに愛夢に変身し、地上ギリギリのところで綾音をキャッチする。そのまま全速力でスタジアムの上空辺りまで逃げた。
「……聖くん?」
「うん」
聖は綾音にこびりついていた触手の残骸を取る。すると、綾音の両腕は紫色に腫れていた。折れているのだ。他の場所も傷ついているのだろう、もう体が動かないようだった。
「ごめん、ろくに時間稼ぎも出来なかったみたい……」
「すぐ治療するから!」
「そんな余裕はないと思う」
綾音の視線の先には、こちらに向かってくるナハトの姿があった。浮遊魔法を使い、一直線で向かってくる。
聖は慌てて綾音に変身する。ナハトからは光が発せられた。
「――避けて」
力のない綾音の声。聖は綾音の反射神経を活かし、後ずさりしながら光線を回避していく。
しかし、ナハトは撃ちながらこちらへ近づいてきていた。このままでは、またさっきの綾音のように捕まえられてしまう。
「……さっきよりも攻撃が激しくなってる。怒ってるのかも」
「どうすれば……」
綾音を抱えているため、武器は持てそうにない。一人で逃げ回るほうが安全だと言っていたのがよくわかる。
でも、それでも逃げ切れなかった。結局、こちらはジリ貧であり、機関が来るまでの時間稼ぎも不可能に近いものがあった。
そもそも、機関が来ても勝てるとは限らない。膨大なマナを持つナハトは最強だ。ナハトに敵うものなんて、この世に存在しないのかもしれない。
……そうだ。ナハトは最強なのだ。
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