第42話 ヒトガタの侵食③
ナハトが近づいてくる。できる限り公園内に止めておきたいため、これ以上後方には行けない。ナハトの後ろのほうへ抜けられるといいが、可能だろうか。
綾音は空を飛び、ナハトから見て右側へと移動する。周回コースの逆側から、さっき居た競技場まで向かうコースだ。単純な動きをするなら、公園中央部にある植物園を横切ってくるだろう。
こうしてぐるぐる逃げ回っていればいいのなら苦労はしない。綾音はわずかな期待をしながら、逆側の周回コースから、ナハトの背後へ向かいスピードを上げた。
しかし、綾音はナハトに前を立ち塞がれてしまった。遅い移動に見えたが、あれは本気ではなかったのだ。
やはり、そう簡単にはいかない。綾音は進むのを止め、魔装を構えた。
ナハトは、必死に綾音を襲おうとはしていなかった。本能だけで動いていないのか、もう捕捉しているという余裕だろうか。不気味だ。
「オオ…………」
低い声で唸る。そして、手を伸ばした。綾音は勢いよくその腕の部分に飛び乗る。
脚とは違い、肘部分の関節がない。腕は狼狂前と同じように、自由自在に動かせる触手のような動きをしている。
綾音は腕から肩へ走っていく。そのままナハトの後方まで行くつもりだった。
思惑は成功し、肩の盛り上がった部分まで到達する。そのままの勢いで浮遊魔法を使って最大限までスピードを出そうとした瞬間、嫌な予感がして振り向いた。
ナハトの首が回転し、その目が綾音を捉えていた。綾音は浮力のマナの方向を逆にし、急降下する。
光線が水平に走る。ほどなくして爆発音が響くと、自分が九死に一生を得たのだと知れた。
綾音は視界に入った池を着地点に選び、そのまま降下した。衝撃で水しぶきが大きく舞う。
すぐさま浮上し、池の中からナハトの様子を窺う。やはり、興奮してむやみやたらと追いかけてくるようなことはないらしい。
再び目で捕捉される。また光線を放たれたらまずい。池に潜って隠れることも考えたが、どのみちマナで居場所は特定されるし、相手が見えないほうが危険だ。綾音は急いで池から上がり、池の近くにあった売店の屋根の上へ移動した。
ナハトはじわりじわりと綾音のほうへ近づいてくる。
出来れば捕食したい。無理なら殺そう。そういった方針だろうか。
こうして引き付けられたことで、自分の役割はこなせている。
あとは生き延びて、機関が来るまで耐えるだけだ。ナハトの攻撃を避けることに神経をとがらせる。
二つの腕が伸びる。それを難なくかわすと、また別の触手が追ってくる。
周囲どこを見ても黒い網が張り巡らされているような状況になってくると、綾音はひたすら上へと逃げていく。
五〇メートルほどの高さになると、触手の追撃が完全に止んだ。しかし、安心する暇はない。今度は光線で撃ち落とそうとしてきたのだ。
まずは二本の光の束が突き抜けた。避けなければ直撃していただろう。
光線は、マナの粒子の塊だった。つまり、魔装と同じ原理のもので、もっと強大な力が集まったものだ。他のバグや魔女が比較にもならないほどの破壊力だった。
そんな光線が、次々に放たれる。二本ずつ、どんどん間隔が短くなってくる。
そのうちの一本が綾音の結界を掠めると、浮力をオフにし、綾音は降下していった。
このままではいずれ墜とされる。食らったフリをして、再び地上での戦いを選んだのだ。
落下していくと、再び触手に囲まれた。
綾音は魔装の両端にマナの刃を大きく放出し、回転することで捕まえられるのを防いだ。
木々の間に着地すると、辺りにはいくつもの触手の残骸が落ちていた。それはすぐに灰色に変化し、地面にへばりついた。
急いでナハトの姿を確認する。すると、木々の隙間が黒い影で埋められていた。ナハトはかなり近い距離にいた。
触手が木を突き破って伸びてくる。綾音はまた上に回避し、そのまま空に逃れた。
また光線が来る。そう身構えたとき、目の前が真っ暗になった。
いや、これはナハトだ。いつの間にか、ナハトがぐんと距離を詰めていたのだ。
全方向から来る触手を、綾音は必死に魔装で払う。
しかし、いくら払っても追い付かず、ついに捕らえられてしまった。
「ああああああぁぁぁぁっっ!!!!」
触手が綾音を強く締め付ける。加減を知らない握力は、綾音の腕の骨を軽くへし折ってしまった。
ナハトの顔の何もないところが大きく開く。口だろうか。もうすぐ、綾音はここに引き込まれる。
捕まると一瞬だった。闇が、綾音を覆う。
死は目前だった。
「うわぁぁぁぁ!!!!」
声が聞こえる。この声の主は……自分自身?
締め付ける力が弱くなると、綾音は触手ごと落下していった。
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