第39話 ナハトとイデア⑦

◇◆◇




「ああぁぁっっ!」

「――くっ!!」


 地面から伸びるそれを、綾音が切り払う。

 すると、フィールドに落ちていたものが、また一点に集まりだした。それは、琥珀に刺さっていたものも例外ではなかった。


「うああっっ!!」

「琥珀さん!!」


 流れ出す血を見て、聖は急いで琥珀の元に近づいた。綾音はナハトの動きを凝視している。


「聖くん! 私が来た方向のスタジアムの列柱の影に蘭さんが居るの。琥珀さんをそっちに!」

「大丈夫!」


 聖は琥珀を抱える。距離を取ってから、また蘭に変身して治療しよう。綾音を一人にしたくないし、ナハトを倒すのに琥珀の力が必要だと思ったからだ。


 琥珀は痛みに耐えながら、自身に治癒魔法を使おうとしている。


「琥珀さん……ごめん」

「何を……?」


 聖は責任を感じていた。自分が琥珀に内緒で綾音に変身したことで、琥珀に隙を作ってしまった。


 琥珀を抱えながら、スタンドの端に飛び乗る。

 フィールドを見ると、黒い物体が今にもその不明瞭な姿から、生物としての形を形成しようとしていた。


 その姿は、以前見たバグとは全く別のものだった。

 無機質な黒い肌は、まるで黒鉄を型にはめて作った人工物のようだ。頭と胴体、両手、両足があり、フォルムだけは人の形を模しているように見える。


 まさか、あれが「ヒトガタ」なのだろうか。

 

「……あんなバグ、見たことない」


 琥珀がナハトを見ながら呟く。どうにか、こちらを見ないうちに治療できないものだろうか。


 いや、もう綾音に変身していたところは見られたんだ。気にしている場合じゃない。早く琥珀を治療して、綾音と一緒に戦わないと。聖は、蘭への変身に集中する。


「――――つっ!!」


 その瞬間、また頭が痛みだした。聖は両手で頭を抑えながら、片膝をつく。それでも、蘭への変身しようともがく。


「聖くん!!」


 綾音の声がする。顔を上げると、ナハトがスタンドまで来ていた。綾音が魔装を手に壁になってくれるが、ナハトは攻撃するでもなく佇んでいる。


 今のナハトには、頭部にあるはずのパーツが全て足りていなかった。

 のっぺらぼうのような顔を聖に向ける。目が無いのに、聖は自分が見られているような気がした。


「なに……?」


 綾音は怪訝そうな表情でナハトを睨む。それでも、ナハトは聖だけを捉えていた。


 すると、頭部の表面が少し波打った。そして、その黒い塊が何かの形を作ろうとしている。聖たちは、それを呆然としながら見ている。

 そこに現れたのは、人の口だった。


「――――イデア、お前の力はエコーする」

「……エコー?」


 聖の思った言葉と同じものを綾音がこぼす。

 すると、強烈な悪寒がした。頭痛が強くなり、目まいまでしてきた。


「うあああああ!!」

「聖くん!? ――っ!!??」

「こ、これは……?」


 綾音と琥珀も何かを感じ取ったように固まる。

 頭の痛みが治まると、聖は顔をあげた。そこには、全身の波打ったナハトの姿があった。

 ――空気が震える。別世界にでも飛ばされたのかというくらいに、空間が一変した。


「退避します!! 聖くんも動ける!?」

「わ、わかった!」


 綾音は琥珀を抱きかかえ、スタジアムのほうへ飛び出した。聖もそれについていく。


 振り返ると、ナハトがどんどん巨大になっていっていた。

 それは、マナも例外ではない。聖でも恐怖を感じるくらいの不吉な圧力が、この辺り一帯に広がっている。


「急ごう」

「……うん」


 綾音に急かされ、三人はその場を去った。

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