第六章 存在理由

第28話 存在理由①

 機械に囲まれているうちに、聖は少しずつ落ち着いてきた。初果との会話が、すべて夢だったみたいに遠くのものに感じる。

 聖は無心で時間が過ぎるのを待った。


「聖くん」


 扉が開くのにも気付かず、自分が呼ばれたとわかるまで時間を要した。振り向くと、綾音の聖母のようなほほ笑みがあった。


「ついてきて」

「……うん」


 聖はのっそりと立ち上がり、扉のほうへと歩いていく。

 手前の部屋では、初果がソファーに座りながら、テーブルの一点を見つめていた。気まずいのだろう。聖も一緒だった。


 綾音が何も言わずに歩いていくので、聖は初果の後ろを通りすぎる。

 そのまま扉の前に着くと、またチラッと初果のほうを窺った。初果は変わらずじっとしている。


「ちょっと出てるね」


 綾音は初果に向けてそう言った。しかし、初果は微動だにしなかった。


 綾音が扉を開き、聖がそれについて行こうと背を向ける。すると、ようやく部屋の主が口を開いた。


「美倉聖」

「は、はい」


 振り向くと、今度は初果がしっかりこちらを見ていた。


「『変身』がバグ特有のもの、という話だが、それについて簡潔に説明する」

「――え?」


 突然のことに、聖は戸惑ってしまう。そして、次の瞬間、さらに驚くことになった。

 初果は立ち上がり、こちらに体を向ける。すると、初果の背がどんどん伸びてきた。それは、生き物の成長過程を早送りで見たようだった。


 刹那、そこにいたのは大人の女性だった。


「ええっー!?」

「これが私のバリアントだ」


 ゆるゆるだった白衣がぴったりのサイズになり、そこからスラッとした長い生脚が伸びている。

 下に何も着ていないのか、バレーボールのような大きな胸が強調されている。とてもセクシーな姿だった。聖は顔を赤くしながら、目をそらした。


「あ、あの……」

「自分の成長を操るだけのもので、君ほど万能ではないが、私も変身できるんだ。

 それに、変身機能を伴うバグと君の体の構造は違っていて、君のマナは脳内にあることは確認している。だから、そのことで君をバグだと疑ったつもりもない。

 君の力が異常なことに変わりはないが、この力は、君がバグだという証明ではない。それだけはわかっていてくれ」


 聖は気づいた。初果は、さっきの聖の質問に答えるつもりで呼び止めたのだ。

 もう一度初果の顔を見ると、小さくほほ笑んでいた。それはドキドキしてしまうほど艶っぽいものだった。


「やはり、君は男性かもしれないな」

「え? えっと……」


 心の中が見透かされているようだった。聖は恥ずかしい気持ちで目を伏せた。


「……君の苦悩は、とても人間らしいものだ。それはきっと、綾音のほうがわかってくれる」


 そう言うと、初果は再び着席し、モニターのほうへ向いた。


「……今度こそ行こっか」

「うん」


 綾音に促され、一緒に部屋の外へと出て行く。聖の胸には、不思議な安堵感が生まれていた。

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