第26話 擬態④
授業中、聖はずっと自身とナハトについて考えていた。
アイビスまでの道中、聖は大きな道をひたすら進んでいた。
行くあてのない聖は、アイビスの魔女たちの存在を知るまでは、特に目的地を定めずに歩いてきた。いつの間にかアイビスの近くに来ていて、魔女と魔法のことを知り、訪れることにしたのだ。
これは、マナに引かれるバグの性質に似ていないだろうか。
『変身』にはすぐに気づき、人に親切にされやすい少年か少女、二種類の姿を利用し、ここまで移動してきた。触れた人物に変身できることも、親切にしてくれた人との交流によって気づいた。
道中、何度か意識を失った。目覚めたとき、移動していたこともあれば、その場に寝転んでいただけのこともあった。それは昼間にもあったが、ほとんどが夜の出来事だった。
さっき、事件のあった場所の地図データを見た。それは確かに、北東から南西へ、徐々にアイビスへと向かってくる足取りだった。
正確に覚えているわけではないが、聖の歩いてきた道のりに重なる部分もあるようだった。少なくとも、湖西からアイビスまでの移動という点が同じで、タイミングもぴったりだった。
そして、聖は昨日、無意識のうちに外に出ていたが、その時間にバグが検知されていた。この時間の一致も、偶然と言えるのだろうか。
琥珀の言っていたことは、正しかったのではないか。聖は自分自身を疑い始めていた。
意識のないうちに行動している時間がある。この時点で、聖は自分を信用することができなくなっていた。
美倉聖は、自分が知らないうちに人を殺している。それが事実だとすれば……
視界が揺れる。自分じゃない自分がこの世に存在する。内なる狂気が、今も自分を覗いているような気がした。
授業中は生きた心地がしなかった。一日の授業が終わると、聖はそそくさと立ち上がり、蘭と愛夢に体調が悪いことを伝えると、すぐに帰路についた。
しかし、聖は寮に向かわなかった。目的地は東塔だ。どうしても、綾音と初果に話を訊かなければならないからだ。
事前に連絡すべきだとは思いながら、綾音に電話する勇気が出なかった。だから、綾音が居ることを期待しながら、そのまま初果の部屋を目指す。
東塔に入るのに、アイビスの魔女なら許可などは必要がなく、自由に出入りできる。東塔の生徒とすれ違いながら塔内に入ると、聖はすぐさま地下へ降りていく。
初果の部屋の前に着くと、そこで初めて、入るのに躊躇した。ここに来るのは、いつも綾音と一緒だった。
震える手で二回ノックをする。すると、中から「入れ」と声があったので、聖は恐る恐る扉を開いた。
「あや――美倉聖か」
初果は、一瞬だけ驚いたような顔を見せると、すぐにいつもの無表情に戻った。どうやら綾音が来たと思ったようだ。
「突然ごめんなさい。ちょっと訊きたいことがあって」
「綾音じゃなくて私なのか?」
「両方、かな」
「……座れ」
そう促されると、聖は初果の向かい側に腰を下ろした。すると、机上には立派なコンピュータとモニターがあるため、初果の顔は隠れてしまった。
初果と二人きりになるのは初めてのことだ。会話の入り方がわからず、聖はしばらく無言で、初果がキーボードを叩く音を聞いていた。
「綾音なら、いつ来るかわからないよ。彼女は忙しいし、いつも居るわけじゃない」
気を遣ったのか、初果から話しかけてくれた。聖は初果の顔があるはずの場所を見ながら頷く。
「そう……だよね」
「必要なら私から連絡しておくが、どうする?」
聖は顔が見えてないのにも関わらず、首を横に振って否定した。
「邪魔するのも悪いから」
「そうか。なら、気長に待っているといい」
冷たそうに見える初果だが、聖を追い出したりはしないようだ。あるいは、彼女なりに、聖の要件を待っているのかもしれない。
綾音はとても優しい。だからこそ、聖の不安にも親身になって向き合ってくれるような気がする。
しかし、それでいいのだろうか。もし、自分が危険な存在であるのなら、この場で必要なのは自身が裁かれることだ。それは、初果のほうが適しているように思う。
今のうちに訊くべきだ。聖は一度深く呼吸をした。
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