第24話 擬態②

 ナハト事件から遠ざかっているからか、南塔は平和だった。捜索の頻度も減り、聖も落ち着いた学校生活を送っていた。


 今は、ナハトのことよりも、街に現れたバグの話題のほうが多いくらいだった。それは、ナハトがそのバグよりも危険が少ないと考えられているためだ。


 そんなバグでも、綾音の一閃で仕留められただけに、聖もナハト事件がそれほど大きな問題ではないのだと認識していた。 


 そもそも、魔女たちの間で、バグ自体をそれほど脅威に感じているようには見えなかった。おそらく、それは魔女の力がバグを圧倒しているからだろう。


 一般市民を守るため、捜索と駆除に力を入れているものの、ほとんどの魔女が、個人でもバグに対処できるという自信を持っている。

 むしろ、バグを仕留めることは、自身の手柄になると考えており、さっきの琥珀のような思考へと繋がるのだろう。ナハトは、人類の脅威というよりもだった。


 ふと隣を見ると、蘭が考えこむように腕を組んでいた。


「蘭さん、ナハトのことを考えてるの?」


 聖が声をかけると、蘭は「うーん」と首をかしげた。


「琥珀の言ってたことが気になるのよ。――この少年!」


 そう言って、蘭は携帯電話を印籠みたいにかざした。そこには、聖のよく知る顔があった。


「ア、アイビスに入ってきたっていう……?」

「うん。この子がマナを持っているなんて信じられないでしょう? でも、結界にエラーが出てないってことは、確かにマナを持ってるわけ。こっちのほうが大問題だよ」


 蘭は、琥珀やナハトのことよりも、少年のことが気になるようだ。その少年だった人物が今目の前に居るだなんて、思ってもみないことだろう。


「えっと、結界のエラーとかわかるの? そもそも、結界ってどんなものなの?」


 聖は話を少年からそらすために、以前から気になっていたことをきいてみた。


「え? ああ、魔女って常に微量のマナを放出してるんだけど、結界はそれによって中和される壁みたいなもんなんだよ。普通の人は通れないし、見ることすらできないの。

 なんでエラーがわかるかってのは、魔法科学の分野になるね。詳しくはわからないけど、アイビスの結界はコンピュータで管理されてるの」

「そんなことができるんだ。魔法科学って機械で魔法を操るものなの?」


 聖の疑問に対し、蘭は再び携帯電話をかざす。


「前にこの携帯電話で、直接私に電波を届けられるって言ったでしょ? そんな感じに、魔法を科学で解析して、効率的に活用しようってのが魔法科学だよ。

 魔女は、基本の魔法である炎や風の魔法にしても、自分のマナを自然の力と結びつけて使ってるの。でも、マナをそのままエネルギーとして使ったり、実体化させたほうが効率が良いんだよ。

 この前、綾音さんが持ってた武器は覚えてる?」

「マナ収束装置ってやつ?」

「そうそう、通称『魔装』ね。実はあれ、カレンが持ってた銃も同じもので、維持型と放出型に分かれてるの。形にあわせてマナソードとかマナガンとか呼んでる人もいるけどね。あの刃や弾は素のマナをそのまま放出した形に近いらしいよ」


 綾音が振り回していたナギナタを思い浮かべる。光の剣というイメージだったが、あれはマナそのものの煌めきだったらしい。

 こういう話は、初果が詳しそうだ。また今度訊いてみよう。


「おう。それがこの前アイビスに入ってきた子どもか?」


 二人の間から、愛夢がひょこっと顔を出した。


「愛夢は見てなかったっけ? どうやらこの子、マナを持っているらしいのよ。琥珀が、この子がナハトなんじゃないかって言っててさ」

「それって、機関に報告したほうがいいんじゃないのか? 擬態だとしても、男の子だとしても大発見だぞ」

「あの時に気づいてたらそうしたんだろうけどね」


 愛夢の登場により、せっかくそらした話題が元に戻ってしまった。聖は再びそらしたかったが、二人が真剣に話し始めたため、なかなか間に入れなかった。


「それで、どっちに逃げたんだ? なんか使ったか?」

「綾音さんと琥珀の戦闘に紛れて、いつの間にか居なくなってたのよ。だから、どっちに逃げたのかも、魔法を使ったのかもわからないの。ああー、私はしゃべってたんだけどなー」

「どうせあやちゃんに夢中だったんだろ」

「……返す言葉もない」


 あの時は、綾音のおかげで逃げることができ、綾音に見つかった。他の誰かにバレることを思えば、それはむしろ幸運だった。

 少年が聖なのだと、他の人にバレるわけにはいかない。メンタルの弱い自分は、長く話してるとボロが出てしまいそうだ。聖は再び話をそらす方法を模索し、思い付いた疑問をそのままぶつける。


「あの……今さらなんだけど、バグって擬態できるものなの?」


 聖がそう割り込むと、二人は同時に聖を見た。

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