第22話 目覚め⑤

 夕飯を食べ終わると、部屋でのんびりとくつろいでいた。もちろん、ルームメイトの蘭も一緒だ。


 女の子と同室の生活。綾音ほど意識しないとしても、蘭だってキレイな女性だ。最初は緊張した。

 でも、一週間も経つと、だいぶ慣れてきた。蘭に慣れるというよりは、自身が女性ということに慣れてきたのかもしれない。


「ああ、美味しかったー」


 蘭はベッドに寝転びながら、満足そうに言った。こんな身近なことで役に立てる。料理をすれば必要としてもらえる。今後も料理は日課になりそうだ。


「また作るね。そう言えばさっきの話なんだけど」

「ん?」

「綾音さんって、南塔にも入れたのに東塔を選んだんだ?」


 蘭は起き上がると、嬉々として話し出した。


「そう! 綾音さん、頭も良いけど、戦闘技術がずば抜けてるからね! だから南塔に来ると思ってたんだよねー」

「蘭さん、まさかそれで南塔にしたの?」

「ピンポン! 私は北か南だったからね。綾音さんと一緒になれる可能性があるのが、南塔だけだったのよ」


 と、テンション高めに言ったものの、言い終わるとがっくりと頭を足らす。


「……東塔を選ぶとはなー。ショックだったよ……」

「あ、綾音さんはどうして東塔だったのかな?」

「綾音さんのことだからなぁ。バランスを取るためかも知れないし、本当に学術のほうを重視したかったのかも知れない。適当な理由じゃないだろうねー」


 やはり、琥珀を避けた説は、蘭も本気じゃなかったらしい。綾音がそういう人物じゃないのは、蘭も当然、わかっているのだ。


「それにしても、やっぱり聖も綾音さんラブなんだぁ? さっき琥珀にムカついてたでしょ?」


 蘭がニヤリとしながら顔を近づける。


「ら、ラブって!? あの、憧れはあるかな……」

「わかるわかる。強く優しい、ジャンヌであり女神様でもある美少女に憧れないわけないよね!

 おっとりした大人の女性って感じなんだけど、背が低いことをちょっと気にしてたりするところがかわいいし!」


 堰を切ったように、蘭から綾音の話題が溢れてくる。もう見慣れたものだが、綾音の話をする蘭は、本当に幸せそうだった。


「身長、気にしてるんだ」

「そうなの! 身体検査の時には、悲しそうにため息なんてついたりしてさー。あれかわいかったなぁー」


 綾音のそんな姿を見られるなんて。聖は素直に羨ましかった。


「たしか西塔が中等部なんだよね。その頃の写真とかあるの?」

「ある! 見たい?」

「……見たい」


 こんな蘭の前だし、もはや好意を表面に出すのは恥ずかしいことではない。綾音の昔の姿を、ぜひ見てみたかった。


「じゃあ、見せてあげよう! ちょっと待っててねー」


 蘭はそう言ってクローゼットを開け、中を捜索する。聖はその様子をベッドに腰かけたまま眺めていた。

 すると、不意に来てしまった。せっかく、楽しい時間だったのに。聖は眠りに落ちてしまったのだった。



◇◆◇



 カメラが趣味なだけに、データとしての画像は大量に存在してる。メインの被写体は、もちろん綾音であり、画像の大半を占めている。

 ただ、現像しているものは限られており、アルバム五冊と、枕の下に仕込んであるものくらいだった。


 カメラを購入したのが中等部の後半頃。最初のアルバムに、見せたい写真があるので、探すのにそこまで手間取らなかった。


 だから、振り返った時に聖が倒れていたのには驚いた。近づいてみると、彼女はスヤスヤと寝息をたてていた。突然寝てしまう、ということは事前に聞いていた。聞いていなかったら、無理にでも起こすところだった。


「聖ー。私のテンションはどう消化したらいいのよー?」


 そう言いながら頭をなで、布団を掛けてやる。無防備な寝顔を見ていると、何だか子どもを持つ親になったような気分になった。


 蘭はこういうことをされた経験がない。今後もないだろう。親の愛情には、いまだに憧れを持っていた。


 不意に、聖の寝息が乱れた。起きるのかと思い、待ち構える。しかし、起きてくることはなく、ただ淡々と寝顔を見ることになった。


「……しゃあない。愛夢にでも、綾音さん中等部シリーズを見せつけてやるか」


 愛夢はあんまりリアクションしてくれないだろうけれど、思い出話くらいはできるだろう。蘭はアルバムを胸に抱き、愛夢の部屋へと向かった。 



◇◆◇



 まぶたを開けても、眼前には闇が広がっていた。開けても閉じてもほとんど同じ。まだ暗闇に目が慣れない。

 横向きに寝ていたことに気付き、聖は仰向けになった。すると、今度は白い点々が視界に入る。星だ。


 聖が目覚めたのは屋外だった。何が何やら、全くわからない。ここがどこであるかの情報だけを求め、聖は立ち上がった。


 その瞬間、聖はホッとする。周りに見えるのが、見慣れた寮だったのだ。ここは、特区内にある小さな公園だった。聖は、そこにあるベンチで寝ていたのだ。

 公園の時計を見ると、長く寝ていた気がしたのに、まだ、時間はそれほど経っていなかった。


 誰かのイタズラ? でも、辺りには誰も居ないし、やれるなら蘭だけど、そんなことをするような人ではない。


 聖は釈然としないまま、寮へと歩き出した。それでも、この時はまだ、そこまで不安にはならなかったのだ。

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