第21話 目覚め④

「ほら、聖も食べなよ。話に集中しちゃって、全然お箸が進んでないじゃない」

「あ、そうだね」


 ぼーっとしていると、蘭が声を掛けてくれる。綾音が取り乱すほどの話だし、聖が気にしても仕方ない。重要な情報で、知られることで綾音が困るのは間違いないし、それが善意のものであることも間違いない。黙っておくしかないのだ。


 気を取り直して、食べ進めよう。聖がそうして手をつけようとした瞬間、人の気配がした。知ってる圧力だ。これは……ここに来たばかりの頃に味わった恐怖!


 聖は立ち上がって来訪者を待ち構える。同時に現れたのは、恐怖の魔女、琥珀だった。


「っ! ……なんですか?」

「い、いえいえ!」


 ついつい、過剰に反応してしまった。琥珀は敵意むき出しで聖をにらみつけている。


「おっーす、こはっちゃん」

「琥珀も晩ごはん?」

「ええ。これです」


 蘭が訊くと、琥珀は肯定とともに、そのメインディッシュとなるものを掲げた。見覚えのあるそのカップ。世界で最も売れているインスタントラーメンだった。


「琥珀ったら、またラーメン? 栄養偏っちゃうよ」

「サプリで補えばいいんですよ。蘭さんもお仲間だと思ってましたが?」


 その問いに対し、蘭は手を広げて応えた。私が食べているものを見よ、と示したのは、当然、聖の作った夕飯だった。


「……それは、まさか蘭さんが?」

「違う違う。聖が作ったの!」


 また琥珀ににらまれる。聖はそう思って身構えるが、琥珀の視線の先は聖の前方にあった。


「良いでしょ! お店で食べるのと同じくらい美味しいんだから!」

「……別に、それならお店で食べればいいでしょう」

「寮で食べられるから良いんじゃない! 本当は琥珀だって食べたいんじゃないのー?」


 蘭がいじわるにも、鶏の照り焼きを一切れ見せびらかす。琥珀はつばを飲み込んだ。見るからに食べたそうだ。


「よ、よかったら箸をつけてないところとか食べる?」

「…………いいえ、結構です。私にはこれがありますから」


 そう言って、またラーメンを掲げるが、数が三つに増えていた。どこから出したのだろうか。


「今、めっちゃ間が空いたよ。素直に食べたいって言えばいいじゃん」

「こはっちゃんは食い意地がすごいからなー」


 この反応を見ると、本当に餌付けできそうだった。これで理不尽にケンカを売られることがなくなるのなら、やってみる価値はありそうだ。


「じゃ、じゃあ、今度琥珀さんの分も作るね」

「え?」

「料理が好きだから。どうせ作るなら、食べてもらう人が多いほうが楽しいし」


 琥珀はじっと鶏の照り焼きをにらみつけている。葛藤があるようだ。


「ははっ。聖ったら、毒でも盛るつもり? 琥珀はそんなんじゃ死なないよ」

「ええっ!?」

「普段の恨みを晴らすつもりでも、こはっちゃんなら毒でも皿ごと食べちゃいそうだなー」


 二人は愉快そうに笑う。そんな意図なんてないのに、二人がこんな反応をしたら、普段から聖が琥珀の陰口でも言っているみたいじゃないか。

 琥珀の様子を伺うと、今度は確実に聖をにらんでいた。


「じゃあ結構です。おっとりしてそうでなかなかやりますね。油断してました」

「ええっー!!?? 毒なんて盛らないよっ!!」

「まあ、敵を倒すために策を練る姿勢は認めましょう。出来れば、まずは実戦で見せてもらいたいところですが」

「違うってば!!」


 琥珀に火をつけてしまったようだ。なんでこの人は都合の悪い情報ばかり受け入れるんだ。


「ここ最近しつこいけど、まだこの前のこと根に持ってるんだ?」

「……別に」

「まあ街に寄り付かないんじゃあ、チャンスはなかったわね。ああ、綾音さん、カッコよかったなぁ」


 蘭がおちょくるように言う。琥珀が気にしているのは、この前のバグ脱走騒動の時に、何の活躍もできなかったことだった。

 何でも、彼女は男嫌いであり、人の多い街には寄り付かないらしい。それで出撃の遅れた彼女がたどり着いた頃には、もうすでに、綾音が駆除し終わった後だった、と。

 彼女は、ライバル視している綾音に、おいしいところを全部持っていかれた気分なのだ。


 そして、その悔しさをぶつける対象には、聖が含まれていた。どうやら、少女を助けたことが誇張され、大活躍のように伝わってしまったらしい。


「本来、私たち南塔の魔女が前線に立つべきなんですよ。そのための南塔なんです。それなのに綾音さんはでしゃばってくる」


 琥珀の弁に、聖はムッときてしまう。あの場に綾音がいなければ、自身が無傷ではいられなかっただけに、琥珀の物言いは気に入らなかった。


「綾音さんは、東塔を選んだだけで、南塔にも入れた実力者だから、問題ないじゃない」


 蘭が呆れた感じに指摘する。


「それなら、南塔に来ればよかったんですよ」

「琥珀が南塔だから東塔を選んだ、って噂があったよねー」

「…………」


 綾音のことだからそんなことはなさそうなものだが、琥珀は気にしているのか、見るからにいら立っていた。鍋にラーメン三つ分以上の水を入れると、そこに両手をかざした。

 すると、水がグツグツと沸いてきているのがわかる。どうやら、彼女は魔法で熱湯を準備しているようだ。


「こらこら、調理場なんだから、コンロを使いなさいコンロを」


 蘭の言うことを聞かずに、琥珀は魔法を続ける。まるで怒りでお湯を沸かしているかのようだった。

 ……このお湯で作ったラーメンは食べたくない。そう思いながら食べる鶏肉は、あんまり味がしなかった。

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