第20話 目覚め③
◇◆◇
寮生は食事の準備を自分たちでする必要があった。多くのアイビスの生徒は、組合の宅配を利用するか、街に出て調達している。
寮には、進んで炊事をするグループも存在している。バグを追う中でキャンプをすることもあるため、それに備えて料理の技術を修得しようという者が集まり、寮の調理場にて切磋琢磨しているのだ。
「ああ、聖さんのご飯はなんて美味しいのかしら」
「こんなのが寮で食べられるなんて!」
「愛のメシ、南の聖母、美倉聖」
三人の先輩方に褒められるのは、聖も悪い気がしなかった。いつも過剰なくらいに美味しそうに食べてくれる。
「……せ、聖、ちょっといい?」
様子を見に来ていた蘭が、食事スペースの外まで聖を呼び出した。
「先輩たちにコックをやらされてるって噂を聞いて、シンデレラみたいにこき使わされてるんじゃないかと心配して来てみれば……いったいどんなポジションを獲得してんのよ!?」
「い、いや、喜んでくれてるから――」
「手懐けてるレベルじゃん! なんか一句詠んじゃってるし!」
アイビスに来てから一週間経つと、聖は、三年の先輩たちの食事当番をするようになっていた。
ことの経緯はこうだ。自炊という選択肢があると知ると、聖は無性に料理がしたくなり、すぐに材料を揃えて調理場へ向かった。
すると、先輩方が悪戦苦闘しており、見るに見かねた聖が代わりに作ってあげたところ、こんなことになってしまったのだ。
「皆さん、いい人だよ。代わりに掃除してくれるし」
「先輩たちからすると、おだてて使える便利な後輩、とか思われてるかもしれないじゃん」
蘭は角から先輩たちの食事を覗く。聖も釣られて、その下から覗き見る。先輩たちは、談笑しながら食事を進めていた。
「聖さんってなろう系よね~」
「ホント、マジなろう系」
なろう系……? 聖にはその意味が理解できなかった。
「ほら、なんか悪口みたいなこと言われてるじゃん」
「あれって悪口なのかな?」
「ああ、あれは悪口じゃないぞ」
二人の下からひょっこりと顔を出したのは愛夢だった。
「愛夢、いつの間に。じゃあどういう意味なの?」
「あれは、別世界の知恵を持って来て無双する人、って意味だ」
「つまり……どういうことよ?」
「先輩たちは、勇者が現れたってくらいに聖をありがたがってるってことだぞ。聖、愛夢もご飯」
「ああ、今準備するね」
「ってあんたも食べさせてもらってるんかい!!」
よくわからないが、とりあえずありがたがってくれているならそれでいい。聖にとっては、誰かに必要とされることが何よりも大切なのだ。
聖は愛夢、そして蘭の分まで食事の準備をした。先輩たちと入れ替わる形で、三人でテーブルを囲んだ。
「鶏の照り焼きの上品な甘味……おいしい!」
「だろ?」
蘭の大げさな感想に対し、愛夢は自分の手柄のようにドヤ顔してみせた。
「いや、これは聖さんご提供のものだからさ」
「聖は愛夢の嫁だからな!」
「よ、嫁って……」
聖は顔を赤らめる。魔女の世界では、そういうこともあるのだろうか。蘭の綾音に対しての憧れを見ていると、あってもおかしくないと思ってしまう。
「どっちかというと、聖の娘のほうがしっくりくる。ママのご飯を食べるお子さま」
「なんだとー!?」
ほっぺに照り焼きのタレを付けている愛夢は、確かに子どもにしか見えなかった。これを拭いてあげでもしたら、それこそ親子のようになってしまうことだろう。
「それにしても、聖にこんな特技があるなんてね。ひょっとすると、これは凄い手がかりなのかも」
「そうかな?」
「うん。だって、記憶もないのに料理ができるってことは、体に染み付いてる技術ってことだよ。これは、聖の記憶に繋がる可能性があるんじゃないかな」
なるほど、蘭の言うとおりかもしれない。記憶と技術が連動している可能性は十分にあった。
「たしかにそうかも……。どういう時にこの料理を覚えたのか、とか思い出すかもしれないもんね」
「愛夢もそう思うぞ! だから、聖は毎日愛夢のためにご飯を作ってくれ」
「あんたは楽したいだけでしょ」
「はっはっはっ!」
愛夢が笑うと、蘭がやれやれと両手を広げた。
「それで、何か思い出したりした? 誰かに教わった記憶とかさ」
「ううん。今日は作ることだけ考えちゃってた」
夢中だったため、料理以外のことなど考えもしなかった。
「でも、今度は意識してみるよ。何か思い出せることがあるかもしれないし」
「おう! どんどん作ってくれ! 愛夢が消費してやるからな!」
「あんたってやつは……」
愛夢の食欲に、蘭が呆れている。でも、これだけ喜んで食べてくれるのなら、作りがいがあるというもので、聖としても望むところだった。
「魔女ってのは、優秀なやつほど大飯食らいなんだぞ。マナの消費が大きいほど腹が減るんだ」
「え? そうなの?」
「俗説よ、俗説。南塔によく食べる魔女が多い、ってくらいの」
愛夢や先輩たちの食事を作っていて、女の子にしてはよく食べるとは思っていた。
聖自身がそんなこともないため、やっぱり所詮は俗説である気もするが、興味深い話だった。
「こはっちゃんとかすごいぞ。普段から無駄遣いしてるだけあって、食べる量がえげつない」
「こ、琥珀さん……」
愛夢から出たその名前に、聖はげんなりとする。アイビスに来てからの一週間、執拗に訓練の誘いをしてくる彼女。蘭や愛夢が間に入ってくれるものの、もういい加減参っていた。
蘭も愛夢も、琥珀との関係は悪くない。愛夢に至っては、同じ施設出身であるらしく、昔からよく知っているそうだ。
「昔からそうなの?」
「そうだぞ。胃袋に宇宙を持ってるんだ」
なるほど。そんなに食いしん坊なら、餌付けでもできないものだろうか。聖は真面目にそんなことを考える。
「でも、魔女ばかりの施設でそんなに食べて、食費とか大丈夫だったのかな?」
「出身者に機関の有力者が居て、支援が多いとか聞いたぞ。優秀な魔女を出せばまた支援が増えるしな」
「そうなると、児童養護施設というより、魔女養成所って感じよね」
施設は、魔女と一般人で分けられているらしい。魔女の卵たちが集められるそこは、蘭の言うとおり、魔女を養成する施設にもなっているのだろう。
そして、そこで育つ魔女たちは、みんなノルンという研究所出身であり、中には人工生命体も含まれているという。このことは、綾音から口止めされているため、蘭や愛夢にも話せない。聖は小さくため息をついた。
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