第16話 バグとの対峙⑦


「じゃあ、聖が見た女性はいったい……」


 蘭が呟く。聖と愛夢も首をひねった。


「幽霊? バグへの恨みで出たんじゃないか?」

「こんな真っ昼間から、まさか……」

「実はさ、噂があったんだよね。ナハトの件で」


 神妙な顔になり、蘭が語り出した。見るからに怪談の入りだった。


「ナハト事件には不可解なところがいくつかあるんだ。まず、遺体の一部が食べられてたり、バグの被害で間違いないくらいの損傷なのに、そのバグが見つからないこと。だから、バグのせいだと見せかけた殺人事件なんて噂があるんだ。

 もう一つが、死亡推定時刻。死んだはずの被害者が、死亡推定時刻以降にも目撃情報がある。だから、遺体の状態で推測した死亡推定時刻が、正しいのかがわからない。

 それでこんな噂が出た。……ナハトは怨霊を操るバグ! 殺した人間を怨霊にして人を殺させる。そして、殺された人はさらに怨霊となり――」

「ゾンビは蘭の願望だろ」


 たまらず、愛夢がツッコミを入れる。ここからは、本当に怪談、というかホラーになりそうだった。


「でも怖くない? 今回だけの話じゃないんだよ。聖なんて、実際に怨霊を目撃したんだし」

「いや、怨霊って決めつけるのは……」


 とはいえ、実物を見た聖にも、怨霊という言葉が合っていると思えた。だから、本当は少し怖い。


「怨霊とかは知らんけど、事件のペースが上がってるわけじゃないんだから、結局、ナハトを始末するだけだろ。気にするな」


 愛夢はあっけらかんと言う。たくましい限りだ。


「愛夢って、マスコットみたいな見た目のくせに、いやにリアリストよね」

「マスコット言うな!」


 一見、愛らしい少女風だが、淡々と自分の仕事をこなす愛夢。そのギャップが彼女の面白いところだった。


 ふいに人の気配がする。そこに居たのは、聖の最も尊敬する魔女だった。


「お疲れさま。蘭さん、ちょっといいかな?」

「はい? ――って、ええええっっ!! 綾音さん!!??」


 蘭はアイドルが目の前に現れたかのように、照れながら驚いた。蘭にとっては、比喩ではなくそのとおりなのかもしれない。

 聖も内心ドキドキしていた。蘭の影響もあってか、すっかり雲の上の人のように感じていたのだ。


「あ、ごめん。驚かせちゃったかな?」

「い、いえいえ! なんの御用でしょうか!?」


 蘭はおちゃらけて敬礼してみせた。こう接している姿を見ていると、本当に憧れているのがよくわかる。


「怪我人がいるの。機関の人と、あとカレンさんも骨折してるみたいで、ちょっと診てくれるかな?」

「はい! 喜んで!」


 居酒屋のような返事をしてから、蘭は、颯爽と機関の人たちのところへ駆けて行った。案外照れ屋なようだ。


 蘭を見送ると、綾音が聖と愛夢に順に目を合わせた。


「二人もお疲れさま。聖くん、南塔には馴染めそうかな?」


 綾音はにっこりと微笑んで言った。さっきの戦闘なんてなかったかのように、穏やかな雰囲気を醸し出している。そういえば、バグを倒したのに返り血一つ付着していない。


「うん。あの、さっきは助けてくれてありがとう」

「ううん。聖くんこそ、女の子を助けてくれてありがとう。ごめんね、気づかなくて」


 綾音は、なぜか聖に向けて謝ってしまう。聖は首を横に振った。


「あ、綾音さんのせいじゃないよ! ぼくも……少しでも役に立てたなら良かったよ」

「聖くんは、ここに来たばかりなのにすごいよ。私は、バグと戦うことに必死で、女の子に気づかなかった。

 あの時、ショッピングモール側に背を向けて戦っちゃったから、聖くんと女の子に危険な思いをさせてしまった。未熟だな」


 そう反省する綾音。聖は、そういうところに、また綾音の人柄が見えた。生真面目で責任感が強い。それは、聖を不安にさせた。


「そんなことないよ。綾音さんがいてくれたから、みんな無事なんだ」


 聖は、綾音の目を真っ直ぐに見て言った。それには、怒気にも似た訴えが含まれていた。


「そうだぞ。あやちゃんじゃなきゃ、こんな被害じゃおさまんなかったぞ」


 愛夢が加勢してくれる。そうだ、きっとみんなもそう思っている。聖は強く頷いた。


「聖くんも愛夢ちゃんも、ありがとう。ごめんね、何だか気を遣わせたみたい」


 綾音は困っているようだった。自己評価が低く、目標を高みに置きすぎる。綾音はそういう人なのだろう。

 これ以上の訴えが届くとも思えないため、聖は話を変えることにした。


「そういえば、どうして蘭さんなの?」

「ああ、それはな、蘭のバリアントが『修復』だからだ」


 愛夢が教えてくれる。そこに、綾音がそれ補足してくれた。


「治癒魔法は誰にでも可能なんだけど、『修復』のバリアントは蘭さん以外には数人しか持ってないの。キズを塞ぐだけじゃなく、骨や組織まで治す力なんだ。だから、蘭さんは特務機関にも名前が知られてるんだよ」

「ら、蘭さんってそんなにすごい魔女だったの!?」


 綾音がクスッと笑いつつ頷く。聖は、そんな人から魔法を教わっていたのか。


「バリアントの質によっては、アイビスに居ても、機関に駆り出されることはあるぞ。そういえば、聖はバリアントを調べたか?」


 その質問に、聖は思わず綾音のほうを見た。初果から異常だと言われてしまったため、安易に話していいものかがわからなかったのだ。


「最初に調べたよ。でも、データベース上になかったから、バリアントなしで処理されてるの」


 すると、綾音が代わりに答えてくれた。甘えたみたいで恥ずかしい気持ちになる。でも、聖ならテンパってまともな返答が出来ないし、頼って正解だった。


「じゃあ、まだ見ぬ有用なバリアントを持ってるかもしれないんだな!」

「そうだね」


 愛夢は、目をキラキラさせている。魔女にとって、バリアントは興味を惹く話題のようだ。

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