第15話 バグとの対峙⑥


 特務機関が死体の処理にやって来た。綾音は機関の人と話をしている。

 聖は、綾音を遠い人のように思いながら、その姿を眺めていた。

 助けられてしまった。しっかりお礼を言わないと。


 足音が聖の目の前で止まる。正面を見ると、そこには口をへの字に曲げた蘭が居た。後ろには愛夢もついてきている。


「避難してって言ったよね?」

「……ごめんなさい」


 聖は素直に謝る。すると、蘭も怒っているわけではないようで、小さく眉を下げて微笑んだ。


「まあ、子どもを助けたんだから叱れないよね。でも、本当に危なかったんだからね」

「うん……」


 蘭は、聖を心配してくれたのだ。申し訳ないと思いながらも、そんな人がいてくれることが嬉しい。昨日までの自分では考えられないことだから。


「でも、あやちゃんに夢中で、子どもにも飛び出した聖にも気づかない、蘭にも問題あるんじゃないか?」

「失礼な! 綾音さんに見とれてたんじゃなくて、ちゃんと仕事してたからだよ。流れ弾が来るから必死だったもん」


 蘭は、そう言って子どもの頭を撫でる。少女は、さっきまで半泣きでバグの死体を見ていたが、今はもう落ち着いていた。


「さ、ママに会いに行こうか? 君もダメだよ。避難してーって放送があったでしょ?」

「でも、おねえちゃんが」

「お姉ちゃん?」

「うん。その子、大人の女の人と一緒だった。でも、居なくなっちゃって」

「ええー!? この子を置いてどっか行っちゃったの?」


 少女が「おねえちゃん」と呼んでいた女性。彼女は、あの状況下でも無表情で、この世界から浮いているようにすら感じた。

 そして、不思議な圧力。どうも普通の人とは思えなかった。


「あ、おかあさん!」

「え?」


 指さす方向を見ると、顔面蒼白でキョロキョロしている女性が居た。さっきの人とは違うが、彼女が少女の母親らしい。

 少女が何度か呼び掛けると、女性はこちらに気づいた。今にも泣き出しそうな顔で近寄ってくる。


「アイ!! なんで勝手に外に行ったの!? 心配かけて……」


 女性は、少女を抱きしめる。少女、アイは状況をいまいち理解しておらず、不思議そうな顔をしていた。


「ほら、お母さんにごめんなさいしなきゃ」

「……ごめんなさい」


 アイは素直に謝った。

 聖は、蘭と愛夢と顔を見合せて笑った。これは、聖が初めて味わった達成感だった。


「どうして外に居たの?」

「おねえちゃんがいて、ついていった」

「おねえちゃんって、魔女さんのこと?」

「ううん。ふみおねえちゃん」


 その名前を聞いて、母親は目を伏せた。様子がおかしい。

 見かねた蘭が口を挟む。


「知り合いのお姉さんについて行っちゃったんだ。それは仕方ないけど、ちゃんと見ててもらわないとなぁ」

「うん。ふみおねえちゃん、へんだった」

「変?」

「ぼーっとしてたの」


 少女の言うとおりだ。それは聖も見ている。


「……ふみは私の妹なんですが」

「そうなんですね。様子がおかしかったから、気になってついて行っちゃったのかな……」

「先日、他界したんです」

「……え?」

「だから、そんなはずはないんです。すみません」


 母親は、淡々と語る。まだ悲しみから癒えていないのだ。蘭は言葉を失う。


「あの……ぼくは、アイちゃんが女の人と一緒に居るところを見ました。アイちゃんが嘘をついたりとかは……」


 母親は、アイが嘘をついたと思って、聖たちに謝罪したように見えた。だから、聖はアイを弁護するために言った。


「それなら、誰かと間違えたのでしょう」

「ぜったいふみおねえちゃんだったよ」


 アイは納得がいかないとばかりに言う。母親は困りきって、大きなため息をついた。

 そして、聖たちへ大きく頭を下げた。


「魔女さん。娘を守っていただき、ありがとうございました。娘の言うことは気にしないでください。

 ……妹は、バグの事件の被害者なんです。どうか、妹のかたきもうってください」


 バグの事件。多分、ナハトのことだった。


「よろしくお願いします」


 そう言って、女性はアイを連れて去っていった。振り返ることなく、建物の中へと入っていった。

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