第14話 バグとの対峙⑤

 バグの視線の先から、赤い閃光が突き抜ける。炎の魔法だ。放ったのは綾音だった。


「綾音さん来たあああああ!!!!」


 蘭の咆哮も響く。ただ、さすがにカメラは我慢し、バグの行動を注視している。


 綾音はバグの繰り出す光線を、いとも簡単にかわす。それは、相手の攻撃が予測できているようでもあり、綾音だけ別の時間空間を移動しているようでもあった。

 綾音の作り出す炎は、小さな光となって、分散してバグへ向かう。それらは全てバグに命中するが、大きなダメージにはなっていない。ただ、身を硬くしているためか、わずかに動きが止まっている。


 すると、それを好機とばかりに、白い閃光がバグを襲う。援護射撃だ。バグの体の左側に、いくつもの白い光がトゲのようになって刺さっていく。それらは少しすると消失するが、確実にバグにダメージを与えているようだ。

 バグは再び吠える。それは咆哮というより悲鳴のように聞こえた。


 その間も、綾音はバグと周囲を観察している。一般市民を守ることが最重要であり、避難状況の確認と、バグへの警戒を同時にこなしていた。


 聖は、小さな体をした綾音が、こんな巨大な化け物と交戦していることに衝撃を受けていた。魔女はみんな、あんな怪物と戦うのか。

 避難……しなければならないのだろうか。綾音が戦っているのに、自分だけ逃げるなんて嫌だった。でも、みんなの邪魔をしないことが、自分の出来る最大限の貢献だとも思う。


 今度こそ避難するつもりで、聖はバグから目を切った。

 しかし、そのときに気づいてしまった。道路の向こう側に居る小さな存在に。


 聖は何も考えずに駆け出していた。教わったばかりの浮遊魔法を利用し、わずか数歩の跳躍で道路を横切る。

 そこには不安そうな顔でバグを見ている少女が居た。


「こんなところに居たら危ないよ! 隠れないと!」

「……お姉ちゃん?」


 少女がそう言って振り返る。そこには、確かにもう一人居た。しかし、聖はその瞬間、初めて存在に気づいた。

 奇妙な感覚だった。その女性からは生気が感じられなかったが、どことなく圧力のようなものを感じた。彼女は、聖をじっと見ている。


「……違うか」

「え?」


 そう言って背を向ける。そして、彼女はゆっくりと歩いていった。


「あの! 避難を!」

「――聖っ!!!!」


 蘭の声が聞こえた。聖はとっさに少女を抱えて飛び上がった。

 ――大きな爆音が響く。すると、さっき居た場所が抉れてしまった。間一髪だった。


 顔を上げると、一瞬何が視界に入ったのかわからなかった。目の前の物体の輪郭が取れたとき、ようやくわかった。それは『顔』だった。


「びええええええええ!!!!!!!!」


 先に気づいた少女が大声で泣き叫ぶ。

 この子だけでも守らないと。聖はとっさに体を反転させる。

 その瞬間、聖は光に包まれた。でも痛みはない。直撃していなかった。


「聖くん!!」


 バグの魔法は、綾音が中和した。光はその衝撃で飛び散ったマナの粒子だった。

 聖は急いでバグから距離を取る。モールからは遠ざかるが、仕方ない。ただ、今はバグから離れるよりほかはなかった。


 綾音がバグに炎の魔法をぶつける。ダメージを受けているようには見えないが、これは間合いを取るための魔法だった。

 ある程度後退させると、白い閃光がバグを側面から貫いた。それには痛みを感じたようで、悲鳴のような咆哮が響く。


「綾音!! 今じゃ!!」


 一人の魔女が声を張り上げる。綾音は懐から何かを取り出す。あれは、マナ収束装置だ。

 一気にバグの腹部へと突進する。装置からは白い光が放出されている。刀のようにも見えるが、柄が長く、刃の大きな槍、ナギナタにも見える。

 それは一瞬だった。光の刃は長く伸び、振り抜いた瞬間に、バグは真っ二つになった。

 バグの二つの体は道路に落下し、地面についた瞬間から血を噴き出した。絶命したのだ。

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