第13話 バグとの対峙④

 走って店の外に出ると、三人は辺りを見回した。周囲にはまだバグが確認できないが、交差点の方向から爆音が聞こえた。あっちからバグが来ているのだ。


「聖、これから私たちは避難誘導をするの。聖はみんなと一緒に避難を」


 蘭が言う。聖の視界には、すでに避難誘導や交通整理を始めている制服姿の女生徒の姿が見えた。南塔と東塔の魔女もいるので、全てアイビスの魔女たちだろう。


「……あの、ぼくにも何か手伝えないかな?」

「聖はまだほとんど魔法が使えないんだし、危ないぞ」


 質問には愛夢が答えた。言われたのはもっともなことだった。


「どんなことをするのか、この目で見ておきたいんだ。大丈夫。危なくなったらちゃんと避難するから」


 邪魔になることがわかっていても、このまま何もしないで避難するのは嫌だった。


 少しでも役に立ちたい。ここに居る意味を見出だしたい。魔女の使命を果たしたかったのだ。


「……わかった。でも危なくなったらすぐに逃げること!」

「うん! 了解です」


 気持ちが伝わったようだ。蘭を裏切らないためにも、迷惑をかけないようにしないと。


「愛夢は、バグの現状を確認してくるぞ!」

「お願い!」


 すると、愛夢は消えるように姿を消した。


「あ、あれ?」

「愛夢のバリアントなの。『高速移動』」

「すごい……」


 全く見えなかった。幼い少女に見えるが、愛夢も立派な魔女なのだ。


「じゃあ、今から言うことをよく聞いててね。

 バグが来てる方向の交差点付近には、地下街が広がってるの。そこは、周囲のビルやこのモールと繋がってる。建物直下の地下が一時的な避難所になるわ。

 周囲の人や地下街に居た人たちは、もうそこに避難してると思う。私たちの仕事は、この辺りに残ってる人を地下へ誘導すること。

 聖はここに立って逃げ遅れてる人を探して。避難の手伝いと声かけ、場合によっては私を呼んで。ここを押せば気づくから」


 蘭は、そう言って携帯電話を聖に渡す。画面上には、わかりやすくボタンが表示されている。魔女の頭に直に届く電波を送れるらしい。


 交差点がこの辺りの中心部だ。交差点からモール方向へ離れていくほど、避難の場所が限られていく。交差点方向からバグが来る前に、一般人が外に残っている状況を作らないようにしなければならない。


「聖、私はあっちを見てくる! 聖はバグが来たらすぐにモールへ逃げ込むように!」

「了解!」


 蘭が飛び立っていく。聖は、まだ浮遊魔法もろくに使えない。だからこそ、今出来ることをしっかりやらないと。


「地下に避難所があります! 急いでください!」

「ジャンヌさん、ご苦労さま」

「い、いえ! お気をつけて!」


 お婆さんから声をかけられると、聖は、恐縮しながら返事をした。声かけをしているだけの自分が、ジャンヌと呼ばれるのはもったいない気がした。これは、蘭や愛夢に聞かせるべき労いだ。

 そんな出来事のすぐ後、今度は男の人が横切った。


「化け物を逃がすなよ」


 その言葉は、ナイフのように鋭く聖を傷つけた。男性は聖のことを見ることもなく、ただ煩わしそうに吐き捨てた。

 魔女を英雄だと思っている人もいれば、こうして悪く思っている人もいるらしい。聖には何も言い返せなかった。


「聖。もうちょっとでこっちに来るから、そろそろ避難したほうがいいぞ」

「え? う、うん……」


 愛夢が戻ってきた。聖は、今が緊急事態であることを思い出し、気を引き締める。


「こっちはこれでオーケー」


 蘭も帰ってきた。抱えていた小学生くらいの女の子二人を避難所に送ってから、バグがやって来ている方向を鋭くにらむ。


「愛夢、加勢は必要?」

「あやちゃんとカレンだったし、多分必要ないと思うぞ」

「……綾音さんがっ!!??」


 さっきの緊張感はどこへやら。蘭は一気に表情が緩むと、いつの間にかカメラを手にしていた。一瞬、蘭が物を転移させるバリアントでも持っているのかと思ったが、普通に鞄から出しただけらしい。逆にすごい。


「え? 綾音さんが戦ってるの?」

「そうだよ! 綾音さんなら安心だよ! そこらのバグなら一人でも余裕であしらっちゃうんだから!」


 推しが現れる高揚感により、蘭は変貌してしまったらしい。

 聖もひっそりと共感する。こんな形とはいえ、今日もまた綾音と会えるのが嬉しいのだ。


「バグちゃんよ! こっちまでいらっしゃい! 綾音さんを連れてきなさい!」

「蘭ってホント、あやちゃんのこととなると人が変わるよなー」


 頼りになるお姉さんはどこへ行ったんだか。聖は、こっちを先に見ていたから、かろうじてがっかりせずに済んだのだった。


 咆哮が響く。心臓を揺らす不快な低音の後、バグが姿を現した。


 体高はさっき乗っていた路面電車よりも高く、それでいて、鋼鉄のような筋肉で体を覆っている。顔は虎に似ている。目が血走り、血管があちこちで浮き出ていて、全体的に赤い。


 動物の遺伝子操作した姿らしいが、聖の目にはそうは見えなかった。確かに、肉食獣をベースにしているが、虎よりもはるかに大きい。まさに化け物のようだった。


「……思ってたよりヤバそうなやつじゃん。写真撮ってる余裕あるかな」

狼狂ろうきょうしたやつらしいぞ。蘭は大人しくここの警護してろ。愛夢はあっちの避難所の警護に入るぞ。聖は避難を」


 狼狂? 初めて聞いた単語だった。

 しかし、その質問どころか、返事をする間もなく、愛夢が移動してしまう。

 避難しないと、と思いつつ、聖はバグから目が離せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る