第12話 バグとの対峙③

 南塔での一日は、勉強もそこそこに、ほとんどの時間を魔法の修練に費やすこととなった。それは、例のバグ『ナハト』の見回りのため、みんないなくなってしまったからだ。

 見回りは各塔各学年が交代で行っており、一組の生徒は、午後になろうかという時間に出動した。

 残ったのは、聖と蘭、愛夢の三人だけだった。愛夢は、蘭の指名で補助として加わってくれたらしい。


 塔の中の演習場にて、基礎の基礎である、炎の魔法と風の魔法、そして浮遊魔法を教えられた。


 魔法とは、自然の力と自分のマナの融合であり、それらを結びつけることから始まる。蘭の師事は丁寧でわかりやすく、魔法の基礎は、すんなりと身に付いた。ひょっとすると、聖は過去に魔法を使っていたことがあったのかもしれない。

 もっとも、昨日の綾音琥珀戦のような技術の応酬にはほど遠いため、まだバグとの戦闘には使えないそうだ。


 見回りに向かっていたクラスメイトたちが帰ってくると、南塔での一日は終わりを迎える。結局、この日はほとんどの時間を、蘭と愛夢の二人と過ごしたのだった。




「というわけで、聖の生活用品を揃えるために、街へ繰り出します」


 聖は、導かれるまま電車に乗せられた後、やっと蘭からこの後の予定を聞かされた。

 アイビスの近くには大きな神社があり、そのそばを路面電車が走っている。今、聖たちはそれに乗り、繁華街を目指していた。


 蘭は、聖が身一つでここに来たことを知り、買い出しまで付き合ってくれるらしい。しかし、一つ問題があった。


「あの、ぼくお金も無くて……」

「え、マジ? どうやってここまで来たの?」

「歩いて来たから」

「ええっ!? 歩いて来たの? うーん、とりあえずお金は貸したげるよ。そのうち手当も入るから、その時に返してくれたらいいし」

「ありがとう」


 蘭はやれやれといった感じに笑う。


「それにしても、記憶喪失の人なんて初めて出会ったぞ」


 買い出しには、引っ越しで忙しいはずの愛夢も一緒に来てくれた。愛夢はつり革を持ちながら、ぐらんぐらんと揺れている。


「何でも頼ってくれていいからね。記憶なんていつか戻るよ」


 記憶喪失については、魔法を教えてもらっている時に話していた。さすがに会話に違和感が出るし、最初から打ち明けておくべきだと思ったのだ。

 すると、蘭は同情してくれたようで、最初よりも親身になってくれていた。


「うん。戻るといいな」


 そう返すものの、内心は単純なものではなかった。


 聖は、元の自分が普通であるとは思ってはいなかった。でも、魔女という存在が居ることを知り、この力に合点がいった。これは魔法なのだと。


 しかし、魔女の初果に「異常」だと評されてしまった。見えてきたはずの輪郭が、ぐにゃぐにゃの粘土のようになり、自分自身の存在をより曖昧にさせたのだ。


 自分は、いったい何のために存在しているのだろう。記憶や本当の姿以上に、それが知りたかった。


 進行方向には周りの建物より際立って高いビルが見える。電車のフロントガラスから見えるそれは、どんどん大きくなり、車内から先端が見えなくなってくると、目的地に到着した。


「ここでーすっ! ショッピングモールだとなんでも揃ってるからね!」


 蘭のテンションがあがっている。自分が来たかっただけではないかと疑ってしまいそうだ。


「蘭はモール好きだからな。聖、とりあえず電車代は、愛夢がおごってやろう!」

「あ、ありがとう」


 電車代すら出せない自分を情けなく思いながら、愛夢の厚意に甘える。手当はいつごろ入るのだろうか。


 電車から降りると、さっきのビルを改めて眺める。少し体を逸らさないと先端が見えないほどに高層ビルで、この辺りのシンボルのようになっており、大きな交差点の角の一つを作っている。

 大きな道路を挟んだ西側に、比較的小さなビルが並び、そこに目的地のショッピングモールが建っている。蘭は、弾むようにその中へと入っていく。聖と愛夢はそのあとに続いた。


「近いし、そこまでありがたがるものじゃないけどな」

「何言ってるの! 私は、ゾンビが街に溢れかえった日にはここに立てこもろうと思ってるほどに愛してるというのに!」

「溢れかえることなんてないぞ」


 愛夢は、呆れながらツッコミを入れた。聖にはゾンビの意味がよくわからなかったのだが、訊こうとも思わなかった。


 ショッピングモールの中には、大型スーパーをはじめ、多くの専門店が並んでいた。

 店内放送とBGM、そしてたくさんの人の声が耳に入ってくる。客の中には同じような制服姿の女子も多く、アイビスの生徒も居るようだった。


「日用品、文房具……かな。後は服も買う? 基本は制服と言っても、必要なときはあるだろうし」

「ううん、大丈夫。元々着てた服があるから」


 アイビスの生徒はバグとの戦闘時にも制服を着ているらしく、常にバグに対処できるように、普段から制服姿であることが義務づけられている。だから服には困らない。

 もとより、聖は変身によって衣服を調整できるため、どちらにしても必要なかった。でも、それを言うわけにはいかない。


 中にある雑貨店に入ろうとした瞬間、急に大きなサイレンが鳴った。聖がビクついている間に、蘭と愛夢が携帯電話を取り出し、真剣な表情でそれを見ている。


「どうしたの?」

「バグが出たぞ」

「え……?」


 愛夢が答えるのと同じくらいのタイミングで、店内放送が流れる。


『輸送中のバグが脱走。輸送中のバグが脱走。直ちに指定の場所に避難してください』


 いきなりのことで、聖は状況を把握しきれない。蘭と愛夢は、放送中からすでに動き出していた。聖もそれについていく。

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