第11話 バグとの対峙②

「……なんですか、その悲鳴は? あなた、さっきも私を見て変な声を出してましたよね?」

「いいえ! そ、そんなことは!」


 バレていたらしい。聖は、後ずさりしながら答えた。


「よう、こはっちゃん!」

「ひょっとして、昨日のあれを見られてたんじゃない?」


 琥珀の来訪に、二人はそれぞれ親しげに反応した。そして、蘭の言ったことは半分正解だった。


「愛夢、ごきげんよう。蘭さん、昨日の、とは何のことですか?」

「少年混入事件のことだよ。もう忘れたの?」


 それだと食品にでも入っていたように聞こえる。実際、なのかもしれないけれど。


「ああ、そんなこともありましたね。あれはジャンヌとしての正義の活動ですから」

「私の目には、その後に来た綾音さんが正義のヒーローに見えたけどね。あれこそジャンヌだった」


 聖は思わず頷いた。本当にそのとおりだったのだ。


「アイビスのためには、私の行動のほうが正解ですよ。それに、結局あの子どもを見つけられなかったそうじゃないですか」

「いやいや、あんな子どもを危険視するほうがおかしいんだってば。特区内に入って来たのだって、結界の誤作動とかでしょ、きっと」


 結界……なるほど、どんなものかはわからないが、普通の人はそれで特区に入れなくなってるわけだ。

 聖が入れたのは、少年の姿でもマナを保持していることで、魔女と誤認されたからなのかもしれない。


「挙動不審でしたし、警戒して当然だと思いますけどね。まあ、それはさておき。美倉聖さん。あなた、魔法を使ったことがないそうですね?」


 琥珀は話を変え、聖に向き直った。そういえば、聖に用があってここに来たのだ。


「は、はい」

「もったいない」

「はあ……?」

「あなたのマナで、魔法を習熟していないなんて、魔女界の損失ですよ。ここまであなたを放置していた、どこぞの地方の魔女たちは、打ち首クラスの失態を犯しています。蘭さん、彼女を鍛え上げるのを、私も手伝います」


 ぐんぐん距離を詰めながら、琥珀は語る。こんな人だったのか。


「いいえ、結構です」


 聖に向けて凄んでいる琥珀に対し、蘭はジトッとした目をしながら、あっさりそう切り捨てた。


「……なんでですか?」

「琥珀が関わると、スパルタ過ぎて聖が死んじゃうわよ。教官は、琥珀が率先して教えようとするのを見越して、私を指名したんじゃない? 琥珀の強引なところを、断れない子もいるだろうから」


 このクラスで、琥珀はどんな存在なのだろうか。蘭は琥珀の扱いに慣れているようだから頼りになる。


 琥珀は蘭の物言いに対し、「はぁ」と大きなため息をついた。


「皆さん、わかってないんですよ。

 潜在するマナには限界がある。我々、アイビス魔法特区の生徒全員が生き残る可能性の限界は、全体のマナの合計に比例するんです。

 全員の魔法の素質を開花させることが、生き残る可能性の最大値。聖さんが、潜在するマナを全て発揮できるようになれば、その可能性を大幅に上げられるんです。それだけ全員が幸せになるんですよ」


 琥珀は淡々と語る。蘭が呆れるような顔をしているが、聖は感心していた。琥珀は、案外仲間想いの人かもしれない。


「……とか言って、ただケンカする相手が欲しいだけなんじゃないの?」

「失礼な。でも、実戦訓練が最もためになりますから」


 ……やっぱり、ただ戦闘民族なだけだろうか。とりあえず、昨日の綾音のような扱いだけは避けたいところだった。


「とりあえず、実戦なんてまだまだ先。バグの現状だと、育てる余裕があるんだから、のんびりやるよ」

「ナハト事件があるじゃないですか。いつまでも悠長なことを言ってられません」

「今回のなんて間に合うわけないじゃん。直近の事件に合わせて詰め込んでたら、それこそ疲弊やトラウマで、その膨大なマナを台無しにしちゃうかもよ?」


 蘭は返す刀で、琥珀の持論をぶった切っていく。さすがに琥珀も渋い表情になっていた。


 聖は、蘭に尊敬の眼差しを向ける。これで、琥珀のスパルタ授業は避けられそうだ。


「基礎からちゃんと育てます。いつか、琥珀をぎったんぎったんにできるように仕上げるから、覚悟しててよね!」


 蘭は琥珀に指をさし、おどけてみせた。多分、討論のようになってしまったから、空気を良くしたかったのだろう。


 琥珀は背を向ける。やっと諦めてくれたようだ。

 しかし、立ち去らずにまた聖のほうを見る。そしてニヤッと笑った。


「……それは楽しみです。ぜひ、お手合わせ願います」

「……は、はい……」


 そう言って、琥珀は自分の席へと戻っていった。聖は瞳には、まだ琥珀の笑みの残像が残っているような気がした。


「ようし! じゃあVS琥珀に向けてがんばらないとね!」

「は、はは……」


 魔女の使命はバグの殲滅ではなかったのか。聖は、やっぱり魔女のほうが恐ろしいと思った。

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