第三章 バグとの対峙

第10話 バグとの対峙①

 アイビスへやって来た次の日、聖は南塔の前に立っていた。今日こそは本当に制服を着ているので、アイビスの魔女として溶け込めているはずだ。しかし、内心はかなり緊張している。

 昨日の今日で、ここまで話が進むとは思わなかった。聖が寝ている間に、身元どころか、配属先まで決まっていたのである。


 南塔は、先天的な魔力の高い者、すなわちマナの大きな魔女が配属される塔だ。

 本当なら綾音のいる東塔を希望したかったが、聖の膨大なマナによって、当たり前のようにこちらに決められていた。


 昨日は突然眠ってしまったが、夕方には目を覚ました。聖が今の意識を持ってから、何度かこういうことがあった。

 綾音いわく、ナルコレプシーという病気の可能性があるらしい。それは魔女だけではなく、普通の人にもある病気のようだ。


 それから、綾音に南塔の説明をされ、制服や靴などを用意してもらった。昨夜は、そのまま診察室で一泊し、登校してきたのだ。


 本当は、まだ訊きたいことかあったのだが、今日のことで頭がいっぱいになり、ほとんど尋ねることはできなかった。今日、また綾音に会えるだろうか。


 南塔に入ると、まずは教官室に向かった。聞いていた名前を頼りに、担当の教官を見つけると、話が通っているようで、すぐさま教室へ行くこととなった。随分無口な教官のようで、最小限のことしか話してくれず、聖は動揺するばかりだった。


 生徒は各学年四〇人前後在籍し、二クラスずつに分けられている。聖は教官に連れられ、一組の扉の前に立った。


 教官が扉を開けると、中の生徒が一斉に起立する。そして、聖を見て一様に怪訝そうな顔をしてから、「礼!」の号令で「おはようございます!」と声を揃えた。規律正しい姿を見て、聖は改めて気を引き締めた。

 生徒が着席すると、立っているのは教官と聖だけとなった。聖を前にざわめくことはないものの、視線は痛いくらいに感じる。


「今日から転入生が入ります。自己紹介を」


 それだけ言うと、聖の発言のターンとなった。やっぱり最小限しか話さないらしい。


「美倉聖です。よろしくお願いします」


 聖も釣られるように最小限で済ませると、クラスメイトになる生徒たちも、どう反応すればいいのかわからない、といった顔で聖と教官を見ていた。


「魔法と無縁のまま育てられたそうですので、一から教えていくことになります。マナは相当のものですから、大きな戦力となるでしょう。

 和久井わくいさん、あなたが色々と教えてあげてください」


 教官は、やっと長くしゃべってくれたが、あくまで要件を伝えるだけ、という話し方だった。無駄なことは言わない。だからこそ、生徒からも無駄口が出てこないのだろうか。


「は、はい!」


 そう返事をするクラスメイト、和久井さんには見覚えがあった。彼女は、昨日会ったカメラ少女だ。


 ひょっとして、と思って見渡すと……居た。昨日、制裁される寸前までいった女生徒、琥珀の姿があった。彼女は凄い目で聖をにらんでいた。


「ひいっ!」


 思わず声を出た。まさか、昨日の子どもだと気づいてるのでは……

 教官は、そんな反応を示した聖を見るが、それについては何も言わないようだ。


「……では、美倉さんは和久井さんの隣の席に座ってください。宇佐美うさみさんは後ろの空いてる席に移動を」

「了解!」


 カメラ少女の隣に座っていた小さな女の子が、威勢の良い返事とともに移動すると、聖は二人にそれぞれ軽く会釈をしながら席に座った。


「それでは出席を取ります」


 そうして、南塔での一日が始まった。聖は、昨日までの生活との違いに感動しながら授業を受けた。





 休憩時間になると、さっそく声をかけてくれたのは、カメラ少女こと和久井さんだった。


らん、でいいからね」

「え?」

「名前。下の名前で呼ぶのがここでの普通なんだ」


 授業でも軽く会話をしていたが、やっと一息ついて、改めてそんなしきたりを教わった。


「そうなんだ」

「だから、私も聖って言うから。よろしくね、聖」


 悪い気はしない、むしろ、受け入れられたようで嬉しい。蘭は、昨日会った時よりも落ち着いていて、優しいお姉さんという印象だ。


「よろしく。……蘭さん」

「同級生だし、さんもいらないよ。まあ、好きに呼んでくれたらいいけどさ」


 にかっと笑う。こういう人当たりの良い人だから、教官から聖の面倒を見るよう頼まれたのだろうか。


「よう! これからよろしくな!」


 別のクラスメイトから声をかけられ、手を差し出される。見てみると、さっき席を譲ってくれた小さな女の子だった。聖は反射的に手を出し、握手した。


「あ、ごめんね。さっき席を譲ってもらっちゃって」

「教官命令だからな! 愛夢あむは宇佐美愛夢。蘭の元ルームメイトだ」


 愛夢は、綾音よりも小さな女の子で、肩上までの髪を左上で一つだけ結んでいる。身長と無邪気な笑顔から、制服を着ていないと小学生と間違えそうな子どもっぽさを持っている。結び目につけてあるひまわりの髪飾りが、彼女の明るい雰囲気にとても良く似合っていた。


「愛夢さん。よろしくね」

「元?」


 蘭が口を挟む。愛夢はしたり顔で返す。


「これから聖に色々教えないといけないだろうから、愛夢が事前に空気を読んで、聖に部屋を譲ったんだ。教官にもさっき言っておいたぞ」

「ああ、なるほどね。そっか、寮のことも色々教えないとだもんね」

「帰ったら早速引っ越しするぞー!」


 聖は、目をパチパチさせながら話を解釈する。つまり、聖にルールを教えるために、愛夢が蘭と同室にしてくれたということだ。


「そんな、わざわざ悪いよ」

「いいんだいいんだ。愛夢は一人部屋になるからな!」


 気を使ってそう言ってくれているのかと思ったが、そうではなさそうだ。愛夢はかなり嬉しそうなのである。


「愛夢、本当に一人部屋のためなんでしょ?」

「はっはっはっ!」


 バレバレだが、愛夢は悪気もなく笑った。元気で明るくて好感が持てる。楽しい女の子だ。

 しかし、この愛夢の気づかいは、聖にとっては困るものだった。


「あ、あの、いきなり女の子と同室というのはちょっと厳しいというか……」


 聖自身、心は男性である疑惑を持っている。少なくとも、女性を意識してしまう性質なのは間違いない。できれば同室は避けたかった。


「女の子とって言い方だと、誰とも同室できないじゃん。一人部屋になるほうが稀なんだよ。それに、一人じゃ何もわからないでしょ?」


 おっしゃるとおりである。聖は、南塔どころか、アイビスのこともろくにしらない。


「そうなんだけど……」

「蘭に盗撮されるようなことになれば、愛夢の部屋に来ればいいからな!」

「盗撮?」


 蘭のカメラを思い出す。よく考えれば、綾音を撮影していたのも無断でだった。


「しないわよそんなこと! 私はカメラが趣味なだけだから」

「愛夢の美しい肢体をいっぱい撮っておいて何を言うか!」

「撮るかこんなちんちくりん!」

「何をー!」


 二人のやり取りに、聖はクスッと笑う。教官の前ではビシッとしていたけれど、やっぱり普通の女の子なんだ。そう思うと安心した。


「ちょっといいですか?」

「いいっ!?」


 ぬるっと聖の後ろから現れたクラスメイトに、思わず声をあげる。やって来たのは、恐怖の魔女、琥珀だった。

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