第8話 模造変身⑥

「あの……」

「あ、ごめんね」


 聖に気づいた綾音が近づいてくる。何か気になる結果が出ているようで、聖は、戦々恐々とする。


「綾音」


 離れた綾音を、初果が呼び止めて近づき、軽く耳打ちする。そして、今度こそ綾音は、聖のところへとやってきた。


「……次、私に変身できる?」


 綾音は、不安そうに言った。


「うん。ちょっと時間がかかるけど」

「待ってる」


 即答だった。聖は一度深く呼吸をする。

 本人の目の前でその人に変身するなんて緊張する。そもそも、人前で変身をしたこと自体、今日が初めてだった。


 そっと目を閉じる。そして、以前綾音に変身したときの感覚を思い出す。動揺からか、なかなかうまくいかなかったが、次第に落ち着いてくる。

 ふっと入り込むような感覚の後、聖は目を開いた。目の前に居た綾音は、心底驚いたような顔をしていた。


「これで大丈夫かな?」

「う、うん……できてる。また横になってね」


 微妙な反応に、聖は落ち着かない気分になる。それでも、言われるまま横になり、綾音の手によって固定される。


 再び機械の中へと挿入され、撮影されて元の位置に戻ってきた。綾音が駆け寄ると、固定具を外してくれる。


「元に戻っていいよ」

「うん」


 元に、というのはどっちだろうか。聖は迷いながらも、直前の少年の姿になった。


「次は、私が撮影するから、これで同じように固定してもらえる?」

「う、うん。わかった」


 固定具を手渡されると、綾音は、台の上に仰向けになった。さっき自分がされたように、と思うものの、綾音の体に触れることに緊張し、なかなか手が出せないでいた。


 綾音の体は、縦にも横にも小さい。それでいて、体のラインは女性らしく、身長の割には、胸もそれなりに出ている。それは、制服の上から見ても、美しいスタイルだとわかるほどだ。聖は息を飲んだ。


「聖くん?」

「ご、ごめん。大丈夫」


 この小さな体で、信頼の厚いリーダーとして、日々奮闘している。

 だから、こんな不埒な目で彼女を見てはならない。善意に溢れたジャンヌの鑑のような人を前にして、変なことを考えるな。聖は自分に言い聞かせた。


 心を無にして、綾音を台に固定させる。完了すると、初果に目で合図を送る。それは難なく伝わり、綾音を乗せた台が動き出した。


 戻ってくると、綾音は、自ら固定具を外し、初果の元へと急いだ。

 ディスプレイには脳の断面図が映っていた。聖も二人と一緒にそれを見ているが、何がわかるのかがわからなかった。


「……どう思う?」

「どう、と訊かれると、異常、と答えるしかないな」


 初果は、無表情に淡々と言う。


「あの、いったいどういう……?」


 聖が恐る恐る問うと、綾音と初果がほとんど同時に聖を見た。そして、綾音が目で合図を送ると、初果は一つ咳払いを入れた。


「美倉聖。これを見てくれ」


 そう言って、二枚の紙を広げる。それは様々な数値と、さっきのような断面図が記載されたものだった。


「これは、君の二つの姿のデータだ。マナの量から、脳や肉体の情報量など、全て解析している。

 この二人の人物は、完全に別人だ」


 初果は、あくまでも無表情を変えずに言う。聖は首をひねった。


「それは……おかしいことなの?」

「当たり前だ。見たところ、君は変身しても記憶や意識が共通している。それなのに、この二人は脳の形が違う」


 初果は、紙上の図を指で示す。確かに、二人の脳は別のものだ。


「まあ、わからないレベルで脳の一部が共通していて、そこで調整されている可能性はある。

 ……しかし、マナの量の変動は説明がつかない。マナごと人の体を変化させると、そのバリアントを使用することはできないはずだ。でも君は、綾音の姿になっても元に戻れた。これはあり得ないことだ」


 初果は腕を組み、首をひねった。

 相当難しいことが起きているらしい。しかし、聖はそれを理解する段階に入っていなかった。


「あの……バリアントって?」

「…………はぁ」


 そう訊くと、初果からため息が返ってきた。あきれているようだった。


「特殊魔法のことで、異能とも言うかな。『変身』は間違いなくバリアントに分類される。誰でも使える魔法じゃなく、その人のマナでしか使えない魔法なの。

 魔女にとって、マナがハードで魔法がソフトだとすれば、バリアントはハードに付随してるものなんだよ」


 その説明は綾音がしてくれた。


「だから、私には使えない『変身』が、聖くんのバリアントだと仮定すると、ハードごと切り替えているはずなのに、そのバリアントを使えることの説明がつかないんだよ」

「……なるほど」


 綾音の姿になり、マナも綾音のものをコピーしたのに、綾音には使えない能力を使うことができた。これが異常なことなのだ。


 聖の中には、『変身』という力が当たり前のように存在していた。それしかなかったと言っても過言ではない。それが、魔女の目から見ても異常だという。

 記憶のヒントがあると思った魔女の住む町で、より謎が深まってしまった。


「美倉聖。とりあえず、一度元の姿に戻ってくれ。子どもと話している感じはどうも落ち着かない」

「元の?」

「……どうしてそこに疑問符がつく?」


 自分も十分子どもなのでは、とはツッコめなかった。どうやら初果は、少女の姿こそが、聖のスタンダードな姿だと思っているらしい。正しく伝えておいたほうが良さそうだ。


「自分の元の姿がどれなのかわからなくて」

「いや、魔女なんだから女性だろう?」

「その、記憶が……」

「それは綾音から聞いたが、性別もわからないのか?」

「はい」


 初果は、責めるような目で聖を見る。これでは、もう一つ変身できる姿があるなんて言えやしない。

 少しの間見つめた後、初果は、綾音のほうに視線を送った。


「うーん、私は男の子かなって思ってたよ。ぼくって言ってるし、最初に会った時もその姿だったし」

「いや、扱いかたがわからんだけで、綾音の予想を聞きたかったわけじゃ……って君は男だと思ってたのか? このとんでもないマナの持ち主を」


 そう言って、初果は聖の頭を掴んだ。小さくて繊細な手だった。


「と、とんでもないって……」

「南塔のやつらの中でも、トップクラスのマナを持っている。男にマナがあるだけでも異常なのに、こんな化け物魔女に変身できるなんて、あまりにも不条理だ」

 

 南塔は、マナの大きさで集められる塔のようで、あの攻撃的魔女、琥珀もそこに在籍している。聖はそのなかでも上位らしい。実感なんて全くないのだが。


「でも、だからこそ特区に在籍してなかったのかもしれないよ。これほどのマナを持っていて、誰も気づかなかった理由としてはあり得ると思う」

「……その可能性は否定できないが、今まで生活してきて、誰も男にマナがあることに気づかなかったのは無理があるだろう」

「それもそうだよね」


 二人は考え込む。なんだか申し訳ない気持ちだった。


「あの……これから僕はどうすれば……?」


 答えが出そうにない問題を考えさせ続けるのも悪いので、聖は最も気になっていることを尋ねた。

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