第7話 模造変身⑤

 女生徒の姿になった聖は、綾音に連れられて東塔へ向かっていた。


 綾音に変身して情報を得た、と言ったら、信じられないような顔をしていた。

 その後も、記憶が無いことや、ここへ来た経緯など、わかることは全て話した。

 すると、綾音は少し考えるような顔をしてから、「色々調べたい」と言って、目的地を東塔に設定したのだ。


「ここが東塔。私たちの学舎で、職場でもあるかな」


 綾音は、さっきのやり取りなんてなかったかのように、普通に接してくれている。最初よりも気が緩んでいるくらいだった。


 鉄製の門を抜けると、中の雰囲気は、外見のイメージとは大きく違っていた。


 クラシックな造りをしているものかと思っていたが、白を基調にした落ち着いた色で占められており、公共施設のような清潔感がある。その辺りは、学校という側面が大きいのだろう。

 中央は吹き抜けとなっており、教室などの部屋は、外側に配置されている。


 塔の地下へと進んでいく。地下二階に着くと、綾音は、一つの部屋の前に立ち止まった。


「ここだよ。入って」


 そう言って、綾音はノックもなしに扉を開いた。


 部屋の真ん中にテーブルとソファーが鎮座し、奥には観葉植物が置いてある。これだけだと応接室のようだ。

 しかし、そこは生活感で埋め尽くされていた。テーブルの上にはノートパソコン、本、お菓子とその包み紙で溢れ、ソファーの上にも本、そして服が山のように積まれている。お客を迎える部屋に無理やり人が住み着いたかのようだ。


初果ういかっ」


 綾音が大きめの声で呼び掛ける。すると、ソファーの山が崩れた。そして、そこから何かが起き上がった。


「うわぁぁ!?」


 土の中から死体がよみがえったような登場シーンに、聖は思わず声をあげてしまった。


 現れたのは、少年姿の聖よりも幼く見える、小さな女の子だった。ぼさっとした髪は背中まで伸び、ゴムでひとまとめにされている。大きめの白衣がワンピースのようになっており、渋いメガネも含め、子どもにしてはハイレベルな研究者のコスプレ、という風に見える。


「綾音か」

「メガネをかけたまま寝てたの? また割っちゃうよ」


 また、ということは、割ったことがあるらしい。ずいぶんだらしない人だ。綾音はさながら母親のようだった。

 白衣の少女は、一口チョコレートをぽいっと口に放り込み、聖のほうを一瞥し、再び綾音を見た。この子がこの部屋の主らしい。


「なんの用だ?」

「ちょっと調べたいことがあるの」


 そう言ってから、綾音は聖のことや要件を具体的に伝えていく。その内容は、聖にはよくわからなかった。


 大方の話が終わったのか、綾音が聖のほうを見る。


「紹介がまだだったね。この子は崎島さきしま初果。東塔でバグやマナの研究をしているの」


 どうやら、白衣の少女、初果は本当の研究者であるらしい。

 綾音が言ってる間も、初果はチョコを一粒放り込んでいた。やっぱりただの子どもに見える。聖は、その様子をポカンと眺めながら、小さく頭を下げた。


「美倉聖です」

「……ついて来い」


 初果は、聖の目をジッと見てから、くるりと背を向けた。何だか、実験台にでもされるような気分だ。あるいは、その通りなのかもしれない。

 

 観葉植物で隠れていたが、奥には扉があり、もうひとつ部屋があった。初果がその扉を開け中へと入っていったので、聖もそれに続いた。

 そこは、さっきとは別世界だった。人がすっぽり入るような装置や、大型のコンピューターなど、いかにも現代的な機械が置かれている、清潔な部屋だった。さしずめ診察室といったところだろうか。


 初果はスタスタと歩き、大きな機械の前で立ち止まった。


「ここに仰向けに寝てくれ」


 そう言って、機械の前にある細長いベッドのような台を示す。


「あ、はい」


 聖は、何も考えずに、言われた通りに横になった。すると、布で台にくくりつけられた。これは固定具のようだ。


「何を……?」

「断層撮影だ。しばらく動かないで」


 断層? いささか不穏な単語であるがして、聖は緊張感に包まれる。

 初果が目の前から居なくなって少し経つと、聖のいる台が動き出した。


 何も聞かされておらず、身動きの取れない状態で、機械の中へと挿入される。なかなか恐ろしい体験であり、出てくる頃には、胸の鼓動で疲労していた。


「……はぁ」

「一旦外すね」


 ため息をつくと、目の前に現れたのは綾音だった。一気に安心する。聖は単純だった。


「次は、さっきの男の子の姿になってほしいの」

「う、うん」

「このままできる?」

「大丈夫」


 寝転んだままでも、特に問題はない。視界には初果も現れ、聖の様子を見ていた。

 聖は瞬時に少年の姿に変身した。すると、さっきから無表情だった初果も、驚いたように眉間にシワを寄せた。


「……なるほどな」

「この姿でも撮影するからね。ちょっとだけガマンしててね」


 まるで子どもをあやすように言う綾音に、聖は素直に頷いた。また固定されると、まだ初果はじっと聖を見ていた。

 首をひねりながら、触れる距離まで近づいてくる。


「うーん」

「初果?」


 綾音もおかしいと思ったようで、初果に呼び掛ける。

 すると、初果は突然、聖のズボンを下着ごと下ろしてしまった。


「ぎゃあああああ!!!!?????」

「ちゃんと生えてるな」

「……やめてあげて」


 どうやら、少年姿の聖の下半身を確認したかったらしい。

 なんてことするんだ……よりによって綾音の前で。


 聖は男でも女でもあるわけだが、こんなことをされると、問答無用で恥ずかしい。

 そして、男のものを「生えている」と言うのは下品すぎやしないか。


 露出されたものを戻してから、初果は機械を操作する。

 聖は、穴があったら入りたいような気持ちだったが、それは半ば強制的に実行されていく。機械の穴に突っ込まれ、再び断層撮影されると、戻ってきた時には、干物のような気分になっていた。


 台の動きが止まってからも、二人は目の前に現れなかった。聖は、自力で固定具を緩めて体を起こした。二人は、断層撮影のディスプレイに釘付けになっていた。

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