第4話 いざ、初診


その日の朝、私は久しぶりに早起きをして外出の用意をしていた。いよいよ電話予約していたメンタルクリニックの初診日なのだ。

実はあの日…会社から逃げ帰ってきた日から殆ど外出できていないので、実に2週間ぶりである。

持ち物を確認し、着替えを済ませて身なりを整える。正直外へ行くことへの抵抗がすごい。行きたくないし引きこもっていたい。病院がこちらへ来い。

しかしそんな事を言っていても仕方ないし、どんどん時間は過ぎていく。待ってはくれないのだ。

まさか病院に行くことすらこれ程に体力を使い、精神をすり減らすことになろうとは。


まだ朝早い時間にしては暑い道中をやっとこさ辿り着いた本日の目的地。もう汗だくだ、帰りたい…

早くも心が挫けそうになりながら、綺麗な院内に足を踏み入れた。

受付に保険証を提出して問診票を書く。

元々今日は調子が悪かったこともあり、情けないことに満身創痍でやっと記入を済ませたが文字はフニャフニャと力なく紙面を這う。汚くてごめんなさい…先生が読めるといいけど、とか心配しながら受付に提出した。

待合所の椅子に腰をかけている間も胸が苦しくて悲しくて半泣きで辛かった…何故かは不明だが。

ちょっとだけ周囲を観察すると何人か入れ替わりで患者さんがチラホラやって来ている。

皆再診の方のようで、次々に呼ばれては診察室に吸い込まれ15分以内には出てくる。

確か初診だけは1時間程度かかると聞いているが、それまでの時間も予約枠で一杯ということか…

そして待ってる間中、ずっと受付の電話が鳴りっぱなしなのが衝撃だった。

コール、対応、終話。受話器を置いたと思えば10秒後にはまたコールが鳴っている。やはり予約を入れようと毎日のように何十件も電話がかかってくるようで、お決まりの予約枠が一杯でして…という断りが聞こえてくる。

もしかして、もしかしなくても予約開始日を予め教えていただいた私はかなり運が良かった…というか症状が緊急性を訴えていたと判断されたのか。

無駄に人間観察をして頭を回転させていると自分の予約した時間が近づいてきていた。

診察室から医師が出てきて私の名前が呼ばれる。

さあ、いよいよここからが本番だ。

変な緊張を携えて診察室に入った。



診察は実に45分もかかるしっかりしたカウンセリングのようなものだった。

サクッと症状だけ聞いてハイお薬ですなんてパターンもあると聞いたことがあったのでかなり驚いた。

説明下手な私は上手く話せるか分からなかったので事前にルーズリーフに心や体の状態、仕事の状況などを箇条書きにしたものを3枚ほど用意して臨んだのだが、これは正解だった。

事前に思ったこと感じたことをまとめてあるので、そこから深く聞きたい点を医師側が絞って質問してくれるのだ。そうして私の病状をより詳しく知ろうという姿勢には頼れるものを感じた。

最初はいやに興奮していて何を話すにも涙ぐみ、時には本格的に涙が溢れてきたりしていた気持ちも20分くらいすれば段々と落ち着いてきて普通に話せるようになってきた。この医師であれば警戒を解いてもいいと判断したのだろうと思う。

これはこうだと押し付けることも無く、それは違うと否定することも無く。それはまるで春のそよ風のように、凪いだ朝の海のように、夜の星や月のように…私に適度な距離で寄り添ってくれた。

近すぎず、遠すぎず。それが有難い、心地よかった。


初めてのクリニック選び、初めての受診。

たくさん不安はあったが…

平穏な生活への1歩を掴んだと思えた。


そう、そしてあのプロローグへと繋がるのだ。

あれは導入でもあり、結果でもあり、過程でもある。

ここから先は…これからの私が紡ぐ日々。物語。

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