逃亡~初めての受診

第2話 会社に行けなくなった日

物事には順序があります。

結果にはそれに至る過程がある。

それは私の病もそうなのかもしれない…

…なんてね。誰が悪いとか何が悪いとか、そんな事は私にだって分からない。いや、分からなくていいんだと思う。

だからこれは、単なるきっかけ。

小さな理由のうちのひとつ、そう思って読んでください。




どこにでもある、ありふれた会社に勤めていた。

それとなく仕事をこなして、何となく終わる。

必要最低限やらなくてはならないことはこなす。

この頃の私はそれくらいの気力がギリギリあるかも怪しいような状態だったが、そんな事を気にする人はこの会社にはいない。

ただでさえ人手が足りていないのだ。見て見ぬふりをして、会社に来ているなら大丈夫と通り過ぎるしか出来ないことも理解はしていた。

…裏を返せば大体の人が私の状態を傍観していた、つまり知ってはいたという事にもなるが。


実を言うともう限界を超えていた。

春先からだろうか。体調を崩しやすくなり、朝起きられない…起きられたとしても家を出るに至らない。行けたり行けなかったりを繰り返していた。

有給休暇を使って何とか凌いでいたが、上司からは体調不良で休むことが多いが大丈夫かと不審がられていた。

それでも何とか頑張らねばと出勤していたのだが、梅雨を迎えた頃に分かってしまったのだ。

「ああ、もうダメだ。もうやっていけない。」

気圧の乱上下で体調が悪くなりやすいのもあり、まともに動ける日の方が少なくなってきていた。

私は勇気を振り絞って退職願を上司に提出した。

案外あっさりと受理され、今年中に退職という形で決まった。

ああ…ようやく少し休める。


正直、労働環境は酷いものだった。

代役なんて居ないし、こなさなければいけない事は何故か年々増えていく。

他の部署の上司や先輩は残業していることの方が多いし、何かとケチをつけるのがお約束という感じで定期的に嫌なことを言われるのだ。

馬鹿馬鹿しいと思って流してはいたが、その環境は少しずつ私の精神をすり減らしていった。

もう新人の頃のようなやる気に満ち溢れた気持ちはどこにも見当たらない。

とにかく早く終われ…帰りたい。そんなふうにしか考えられずやたらイライラと気が立つ日が多くなっていった。

理不尽を押し付けられて泣けば鼻で笑われ

正論で対抗してみれば「気に入らないから」とねじ伏せられ… 思えばかなり色々あった。頑張った。



その日もいつもと変わらぬ1日になるはずだった。

しかし、いつもと違う作業をしていた私に先輩はこう言ったのだ。


「…サボり?」


―――は?

え、サボりって何だ?誰が?

まさか…私が?

どこをどう見たらそう感じるのか不明だった。

確かにいつもは違う場所で業務をこなしているが、今だって場所が違えど一生懸命仕事をしているではないか!

怒りと悲しみが同時になだれ込んできた。

ぶわっと背中に吹き出す冷たい汗、震える手、荒くなる呼吸… やばい、殴りそう…!

必死に笑顔を作り、サボってないですよぉ〜と軽く流すように明るく話す。


よく我慢できたと思う…大丈夫、大丈夫…

いくらそう唱えても収まらない興奮と震え。

悲しい悲しいと訴えかけてくる心。


ブツリッ。


張り詰めていた糸が切れる音がした。

ダメだ、耐えられない。

また会社で涙なんて流したくない…

嫌だ…嫌だ!もうここにいたくない!


私は周りの目も気にせず会社を飛び出した。

上司に体調が悪いので早退しますとだけ告げ、まだ太陽が真上からさんさんと差してくる道を泣きじゃくりながら帰った。


あの日から、私は会社に行っていない。


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