卒業式の日
三月十七日。今日は逢坂の開いてくれる卒業式の日である。
今日で高校生活も最後となるので、朝からちょっとだけ寂しい気分になっていた。
瑠愛と一緒に屋上に到着すると、テントの前には五つの椅子が横一列に並んでいて、その正面には机が置いてあった。ひな先輩の卒業式の時と似ている光景だ。
屋上には既に桜瀬と逢坂と推川ちゃんが到着していて、三人は楽しげに立ち話をしているようだ。
「おー! 湊先輩と瑠愛先輩も来ましたー!」
こちらに向かって大きく手を振る逢坂は満面の笑顔を浮かべている。その表情を見て、なんとなく安心する。
そんな逢坂に、瑠愛も小さく手を振り返している。
三人と合流して、「おはよう」と朝の挨拶を交わす。
「さてさて、全員揃ったようですし、ぼちぼち卒業式始めましょうかね」
逢坂はそう言うと、肩に掛けていたトートバッグの中から何かを取り出した。逢坂が手を開くと、そこにはバラのコサージュが三つあった。三つとも色が違うようで、白色、水色、薄桃色のコサージュがある。
「これ、わたしの手作りのコサージュですが胸に付けて頂けると嬉しいです! 白が瑠愛先輩で、水色が湊先輩、ピンクが紬先輩です!」
この三つのコサージュを逢坂が作ってくれたのか。なんて粋なことをしてくれる後輩なのだと思いながら、三人は自分の色のコサージュを手に取る。
「このコサージュすっごく可愛い! 一生大切にする!」
「ありがとうございます〜! 一応バラは造花なんで枯れることはないですね」
「本物だったら取っておけないもんね。造花を選んでくれてよかった〜。ほんとに嬉しい」
桜瀬は嬉々とした声を上げながら、自分の胸に薄桃色のコサージュを付けた。
「こういうの作れるのか。手先器用なんだな」
「手先の器用さは自分の化粧で身に付けましたから」
「そう言われてみれば毎日化粧してるんだもんな。それは器用になるわけだ」
そんなことを話ながら、俺も胸にコサージュを付ける。
「おー! 湊先輩も似合ってますねぇ。水色にして正解でした」
「ほんとにありがとな。何から何まで」
「いえいえですよ。せっかくの卒業式なんでね、気合い入れてます」
俺もひな先輩の卒業式にコサージュを作っていれば良かったなあと、今更ながらに後悔する。
「愛梨、これどうやって付けるの?」
「あー、それはですねぇ」
コサージュを上手く付けられない瑠愛は、逢坂に助けを求めた。瑠愛なりに甘えているのだろう。
瑠愛の胸あたりにコサージュを付けてあげた逢坂は、よしよしと撫でられて頬をとろけさせている。逢坂も瑠愛に甘えているようだ。
「ありがとう、愛梨」
「これくらいなんてことないですよ。白色のコサージュが瑠愛先輩によく似合ってます」
「どうして白色を選んだの?」
「うーん、瑠愛先輩って何にも染まってなくて色素が薄いイメージだったからですかね」
「そうなんだ。嬉しい」
「嬉しいですか?」
「うん。私のために考えてくれて、嬉しい」
瑠愛はじっと逢坂の目を見ている。その視線を受けている逢坂は、照れたように「えへへ」と笑った。そんな彼女に、瑠愛が抱き着いた。
「え、え、どうしたんですか急に」
「なんとなく。抱きしめたくなった」
瑠愛がぎゅっと腕に力を込めると、逢坂も嬉しそうな顔をしながら抱きしめ返した。
そんな二人のことを、他の三人は微笑ましそうに見ている。それから数秒の沈黙を挟むと、推川ちゃんが手を叩いた。
「はいはい、抱き着いて別れを惜しむのは卒業式が終わってからに取っておきましょう」
推川ちゃんが笑顔で言うと、瑠愛と逢坂は名残惜しそうに体を離した。瑠愛と逢坂が出会った当初と比べると、だいぶ仲良くなったなあと思わされる。
「あはは、そうだね、先輩たちとの別れを惜しむのは卒業式終わってからにします」
逢坂は照れくさそうな笑みを浮かべると、ぺこりとお辞儀をしてから椅子が並んでいる方を手で示した。
「それじゃあさっそくですが卒業式を始めていきましょうかね。まずは推川ちゃんから先輩たちに一言ずつ祝辞を述べて頂くので、先輩たちは椅子の方に移動をお願いしまーす」
どうやら卒業式は、推川ちゃんからの祝辞が待っているらしい。推川ちゃんからはどんな言葉を貰えるのか、今からとても楽しみだ。
「ふー、なんだかちょっとだけ緊張してきちゃった」
推川ちゃんは髪をふわふわと掻くと、笑顔を浮かべながら机に向かって歩き出した。彼女を追うようにして、瑠愛と桜瀬と逢坂が歩き出す。
歩いている四人の後ろ姿は、太陽に照らされていて輝いて見えた。
俺はアルバムが入っているトートバッグをテントに置いてから、瑠愛の隣の椅子に腰を下ろした。
机の後ろには、白衣姿の推川ちゃんが立っている。彼女は小さく深呼吸をしてから、俺たちの顔を一人ずつ目で確認した。その目は力強く、いつもの推川ちゃんでもあり、教師の推川ちゃんでもあった。
「それでは、私から三年生のみんな一人ずつに祝辞を述べたいと思います」
こうして、推川ちゃんの祝辞が始まった。
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