推川ちゃんの祝辞

「それでは、私から三年生のみんな一人ずつに祝辞を述べたいと思います」


 生徒の四人は姿勢を正して、同意するように力強く頷いた。

 カンニングペーパーも何も持たずに、推川ちゃんは笑顔で祝辞を述べ始める。


「その前にみんな、卒業おめでとう。三人が無事に卒業を迎えることが出来て安心しています。昨日まで一年生だと思っていた三人が、こんなに頼もしくなっちゃって……すごく嬉しいわ」


 ボブヘアを風に揺らしている推川ちゃんは、いつもの笑顔を浮かべた。三年間見てきた彼女の笑顔に安心感を覚える。


「紬ちゃん」


 推川ちゃんは真っ直ぐに桜瀬の顔を見た。


「はい」


 桜瀬もそれに応えるように、声を張って返事をする。


「紬ちゃんは保健室登校を始めたばかりの時、心に大きな傷を負っていたのをよく覚えてるわ。それなのに私はどうやって紬ちゃんと関わっていけばいいのか分からなくて、色々と試行錯誤していたことをよく覚えてます。そんな時にひなちゃんが、紬ちゃんにガンガン絡みに行ってたよね。それを見て、「ああ、普通に接していけばいいのか」ってすごく勉強になった。それからは私と紬ちゃんの距離もどんどんと縮まっていったと思う。生徒と保健室の先生って関係ではなくて、どちらかというと友達の方が近かったんじゃないかな。そんな紬ちゃんが学校で楽しそうに過ごして、笑顔が増えてきて、それがすごく嬉しかった。佐野くんが屋上登校を始めて、ひなちゃんが卒業して、愛梨ちゃんが屋上登校を始めても、笑顔を絶やさず元気な紬ちゃんが大好きでした。大学生になっても、その笑顔と元気だけは忘れずにいて下さい。紬ちゃん、本当に卒業おめでとう」


 頭を下げた推川ちゃんに、生徒の四人が拍手を送る。


「ありがと、推川ちゃん」


 照れくさそうに笑う桜瀬は、どこか嬉しそうにも見えた。推川ちゃんは「いいえ」と言って笑うと、今度は俺に視線を向けた。


「次は佐野くんね」


「はい」


 名前を呼ばれて、自然と背筋がピンと伸びた。推川ちゃんは「ふふふ」と笑ってから、俺の目を真っ直ぐに見た。こうやって推川ちゃんと視線を合わせるのは、ちょっとだけ気恥ずかしい。


「佐野くんは屋上登校を始めたのが遅かったわよね。それもこれも、女子しか居ない屋上に湊くんを入れてもいいものかって悩んでたからなんだけどね。だけどある日ね、ちょっとした好奇心で佐野くんに屋上登校を勧めてみたの。結果は紬ちゃんに追い出されちゃったけどね」


 そんなこともあったなあと思いながら桜瀬の方を見てみると、彼女は「あははー」と気まずそうに苦笑いをしていた。


「そんなこともあったけど、結局紬ちゃんが佐野くんを受け入れてくれて、佐野くんは屋上登校を始められたんだったね。最初は女子しか居ない空間に男子が一人だけって気まずくないのかなーって思ってたんだけど、そんな心配は無用だったようね。逆にみんなから好かれて、旅行では男子にしか出来ない力仕事とかもしてくれたし、結果すごい助かっちゃった。自分に正直で、屋上登校という場を大切にしてくれる佐野くんはとても頼もしかった。佐野くん、卒業おめでとう。これからも彼女を大切にしてね」


 推川ちゃんが喋り終えると、瑠愛は俺の顔を覗き込み、無表情で「だって」と口にした。


「ああ、もちろんだ」


 何があっても瑠愛だけは大切にしていくつもりだ。

 それを聞いた瑠愛は目を輝かせると、満足そうに頷いてから前を向いた。


「佐野くんのいい返事を聞けたところで、最後は柊ちゃんね」


「はい」


 瑠愛が普段通りの強弱のない声で返事をすると、推川ちゃんは笑顔で頷いてから祝辞を述べ始めた。


「柊ちゃんは入学初日から保健室登校を始めたんだったわね。最初に柊ちゃんを見た時には、アニメや漫画から飛び出して来たのかってくらい可愛くて美人で驚いちゃった。でも関わっていく中で、柊ちゃんから「感情が分からない」って言われた日のことを今でもよーく覚えてる。だけど私じゃどうにも出来なくて、ひなちゃんと紬ちゃんも頑張ってくれてたみたいだけど、柊ちゃんの感情の鍵を持ってたのは佐野くんだったみたいね。柊ちゃんの笑顔が見られて嬉しかった。よかったね、柊ちゃん」


「うん、よかった」


「あはは、そういう素直なところも大好きよ。柊ちゃんは屋上登校のメンバーの中でもマスコット的な存在というか──みんなの娘や妹的な存在だった気がする。ちょっと抜けてるところもあるけど、そういうところがまた可愛いというか、愛おしく感じるかな。ああ、あれね、愛されキャラってやつなのかもしれない。きっと大学生になっても、佐野くんや紬ちゃんから愛されていくんだろうなって思う。そしてみんなから一杯愛を貰って、柊ちゃんもみんなに愛を振りまいて上げてください。これからもみんなから愛される柊ちゃんでありますように。柊ちゃん、卒業おめでとう。これからも彼氏と仲良くね」


「うん、仲良くする」


 瑠愛がこくこくと頷いたのを確認してから、推川ちゃんは「これで私の祝辞を終わりにします」と頭を下げた。生徒たちから拍手が送られると、推川ちゃんは照れた笑いをした。


「それじゃあ次は愛梨ちゃんの祝辞ね。ということで愛梨ちゃん、次は任せた」


 推川ちゃんはそう言いながら手を振り、空いている椅子に腰を下ろした。そんな推川ちゃんと入れ替わりで、逢坂が机の後ろに立った。

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