三人だけで
首元に何個もあったキスマークが、ようやく消えてくれたとある日曜日のこと。
「おじゃましまーす」
我が家にやって来たのは、トートバッグを肩にかけた桜瀬だった。
「おう、上がってくれ」
「紬、おはよ」
俺と瑠愛が出迎えると、桜瀬は笑顔で手を振ってくれた。「おはよう」と言っても時計の針は十四時を指しているので、正確には「こんにちは」である。瑠愛のちょっとしたおふざけだ。
三人分のお茶を持っていき、皆でテーブルを囲うようにして腰を下ろした。
「ふぅ、歩き疲れたからちょっとだけ休憩〜」
桜瀬はそう言うと、自分の太ももを擦りながら足を伸ばした。
「ウチから桜瀬の家まで意外と距離あるからな」
「そうねー。学校からだと近いけど、自分んちからだとちょっと遠いかな」
「電車も乗らなきゃだしなあ」
「そうなのよー。歩くのは好きだけど電車移動が一番ダルいかも」
桜瀬と何気ない会話をしていると、瑠愛はスマホを手に持って苦い表情を浮かべていた。
「愛梨のこと誘わなかったの、今になってモヤモヤ」
瑠愛はそう言ってから、スマホをスリープモードにした。
「それはアタシも思ったけど、今日ばかりはしょうがないよね」
「そうだな。ここに逢坂を呼んだら意味ないし」
今日、俺たち三人が集まった理由。それは俺たちのために卒業式を開いてくれる逢坂に、お返しとしてアルバムをプレゼントしてあげるため。今日はアルバム作りを行うために集まったのだ。
「むぅ……明日会えるからいいけど」
すっかり逢坂のことを気に入っている様子の瑠愛は、唇を尖らせたままテーブルに顎を置いた。皆で集まるのに逢坂を誘わなかったことに、罪悪感を覚えているようだ。
「ささ、ボチボチ始めちゃいましょうか。帰り暗くなるのも嫌だし」
桜瀬は手をポンポンと叩くと、トートバッグの中からベージュ色の表紙をしたアルバムを取り出した。
そのアルバムを受け取って中身を確認すると、まだ中には何の写真も貼り付けていない白紙のページが広がっていた。
「ここに写真を貼り付けていくのか」
「そういうこと。写真は用意してくれたよね?」
「ああ、もちろんだ」
桜瀬にアルバムを買ってきてもらう代わりに、俺と瑠愛はみんなが撮った写真を事前に送ってもらい、それを写真屋さんで印刷してきたのだ。
印刷してきた写真を、このアルバムに貼り付けていくのである。
「ほら、これだ」
部屋の端に置いていたビニール袋から、分厚い封筒を三つテーブルの上に置いた。それを見た桜瀬は、目をギョッとさせた。
「え、こんなに写真あるの?」
「ああ、四人分の写真だからな。これくらいになっちゃったわ」
俺・瑠愛・桜瀬・推川ちゃんの四人が旅行や何気ない日常で撮った写真ともなると、これくらいの量になってしまうらしい。
「ええ……高かったでしょ?」
「そうでもないぞ。俺と瑠愛の二人で出したから」
「だってアタシが買ってきたアルバムは千円くらいよ?」
「まあそれよりは若干高いけど、誤差の範囲だよな」
瑠愛に向かって言うと、彼女はこくりと頷いた。
「うん、そんなに変わらない」
瑠愛が頷いたのを見た桜瀬は、「本当かなー」と言いながら写真の入った封筒を袋ごと受け取ると、中から一枚のレシートを取り出した。
やっちまった。レシートを入れっぱなしにしていたようだ。
レシートを確認した桜瀬は、続けざまに俺と瑠愛に呆れた目を見せた。
「全部で四千円って書いてあるけど。全然誤差の範囲じゃないわよね?」
確かに写真代は四千円……瑠愛と割り勘して二千円ずつだったが、これくらいの値段の差ならば男気を見せたかった。
恐らく瑠愛の場合は、本当に誤差の範囲だと思ったのだろうが。
「いやまあ、千円も二千円も変わらなくないか?」
ここで桜瀬から現金を受け取ることだけは、かっこ悪いのでしたくない。
「いや変わるよ。今日夜ご飯奢るから」
「やった、嬉しい」
俺が断りを入れる前に、瑠愛がご飯に釣られてしまった。
「瑠愛はそう言ってるけど、湊はどうする? あ、ちなみに湊が断ったりしたら、夜ご飯は自腹でね」
目を輝かせる瑠愛が居る限り断れないのを知っている桜瀬は、余裕な表情を浮かべている。
俺が瑠愛の分まで奢ってあげる選択肢はあったのだが、それをこの場で言うと寒い気がしたので、すんでのところで飲み込んだ。
「じゃあ……分かったよ。夜ご飯は奢って貰うことにするわ」
「うふふー、素直で可愛いじゃない。頭撫でてあげようか?」
「遠慮しておきます」
「そんなすぐに拒否されると傷つくなー。瑠愛ー、アンタの彼氏は他の女には冷たいみたいよー」
ぶーぶーと文句を言う桜瀬を放っておいて、俺はアルバムをテーブルの上に置いて、ハサミとのりなどを用意した。
「よし、さっさと始めちゃおうぜ。アルバムも二十ページくらいあるみたいだから、写真選んで切って貼ってってやってると夜になっちまう」
瑠愛と桜瀬に向かって言うと、二人は「はーい」と返事を返してくれた。
こうして俺たち三人は、逢坂にプレゼントするためのアルバム作りを始めたのだった。
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