最終章 幸せ
今日は学校行けないね
冬休みが終わり、学校が始まった。
何気ない日常が過ぎていく中で、もうすぐで高校生活が終わってしまうのだという意識を持つようになっていた。でもまあ、そんな意識を持っても俺の生活に大きな変化があるわけではないのだが。
「瑠愛ー、そろそろ着替えないと間に合わないぞー」
制服に着替えて瑠愛に視線を向けると、朝食を食べ終えたばかりの彼女はベッドに横たわっていた。
「おーい、瑠愛さーん、起きてくださーい」
ベッドの上で体を丸めている瑠愛の肩をぽんぽんと叩くと、彼女は長いまつ毛が目立つまぶたをゆっくりと開いた。
「まだ……眠い……今日は学校休む……おやすみ」
瑠愛はそれだけを言うと、せっかく開いたまぶたを閉じようとする。
俺と付き合う以前は眠いからと学校を休むことが頻繁にあったが、付き合い初めてからは何とか彼女を学校に連れて行っている。
「おおっと瑠愛さん。目を開けてくださいよー」
そして今日も、俺は瑠愛を学校へと連れて行くために奮闘することになる。
瑠愛の体を揺すると、彼女はまぶたを薄く開いてこちらを見た。薄く開いたまぶたから覗く青い瞳が美しい。
「いや、眠い」
「ダメだぞー。学校に行ける日なんてあと数えられるくらいしかないんだから」
「ぶー」
「ぶーじゃない。ほら、起こしてやるから」
ベッドで横になる瑠愛に手を差し伸べる。瑠愛は頬を膨らませながらも、俺の手を取ってくれた。そのまま彼女を引きあげようと、力を入れたその時のことだ。
「わっ」
瑠愛が思い切り体重をかけたことで、バランスを崩した俺は足をもつれさせて彼女に覆い被さるようにして倒れた。すんでのところで顔を避けたので顔同士はぶつからなかったが、危うくぶつかるところだった。
かと思えば今度は、瑠愛の腕が体に絡みついて抱き着かれてしまった。
「ちょっ……瑠愛……」
体を起こそうとするが、瑠愛が体重をかけるので立ち上がることが出来ない。
これはやられた。ベッドに引きずりこまれてしまった。しかし俺は男だ。瑠愛の軽い体重なんざ、力を入れればすぐに持ち上げることが出来る。
「残念だったな瑠愛。瑠愛くらいの体重なんて簡単に持ち上げられるんだ」
「まだ分からない」
瑠愛はそう言うと、俺の首元に顔を寄せた。柔らかなものが首元に触れてくすぐったさで力が抜ける。その柔らかいものが唇だと分かったと同時に、首元には優しい痛みが走った。噛みつかれた訳ではない……まさかこれは……。
「お、おい待て瑠愛! 今、何してるんだ……」
慌てて尋ねている最中も、首元には優しい痛みが走っている。これは確実に吸われている。比喩でもなんでもなく、吸われているのだ。
これでは首にキスマークが出来てしまう。キスマークが付かない内にと顔を離そうとするが、瑠愛が俺の頭をがっちりと捕まえて離してくれない。
「お、おい瑠愛……ほんとに跡が付くから……」
もうギブアップだと瑠愛の腕をぽんぽんと叩くと、ようやく彼女は首元から顔を離してくれた。そうして俺の首元を確認するなり、瑠愛は満足そうにニヤリと笑った。
「おい、もしかしてその表情は……」
「うん。今日は学校行けないね」
瑠愛の腕から解放された俺は、慌てて洗面所に駆け込んで鏡を確認する。顎を上げてみると、首元にしっかりと赤紫色のキスマークが付いていた。
キスマークを付けた犯人も洗面所へとやって来ると、後ろから俺に抱き着いた。
「残念だけど、それじゃあ学校行けない」
イタズラっ子の笑みを浮かべている瑠愛の顔が、鏡越しに見えた。
あまりイタズラなどしない彼女だが、今日は学校に行きたくない気分だったのだろう。こんな痛々しいキスマークを付けられて、外に出られるわけがない。今回は瑠愛にしてやられたようだ。
彼女の思惑通り学校には行けなくなってしまったようだが、ここで終わらせる俺じゃない。
「ほうほう……まさか、人にキスマークを付けたってことは、自分にも付けられる覚悟があるってことだよなぁ?」
ニヤニヤとする瑠愛と同じ顔を作ると、彼女はその表情のまま首を傾げた。
「覚悟?」
「ああ、覚悟だ」
「特にないかな」
「まあ覚悟が出来てなくても、キスマークのお礼を返さなきゃいけないからな」
そう言ってから後ろを振り返り、瑠愛のことをお姫様抱っこする。瑠愛は落ちないようにと俺の首元に腕を回しながら、楽しそうな笑みを浮かべた。その笑顔が可愛すぎて、俺の方まで笑ってしまう。
「湊、チューしよ」
瑠愛はそう言って目をつむった。そんな彼女に顔を近づけて、ご所望通りにキスをする。
数秒間のキスのあと顔を離すと、瑠愛はくすぐったそうに笑ってから、俺の胸に頬を擦り付けた。とても幸せそうな顔だ。
「そんな可愛い顔をしても許さないからな」
「えー、許して」
「残念。今日は瑠愛に仕返しするために学校を休むんだ」
お互いに顔を向け合いながら、笑みを見せ合う。
そのまま俺が歩き出すと、瑠愛は楽しそうに「きゃー」と口にしながら笑顔を浮かべ続けた。
このあと、瑠愛をベッドに運んでこれでもかとキスマークを付けた。その分、俺もキスマークを付けられてしまったので、今日は一日中外へと出られなくなってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます