頼もしい後輩

 温泉街でお昼ご飯を食べてから、推川ちゃんの車に乗って温泉宿をあとにした。俺は助手席に座り、あとの三人は瑠愛を挟むようにして後ろの席に座っている。


「推川ちゃん、体調は大丈夫?」


 高速道路に入って数十分が経ち、車内は段々と静かになってきたので、沈黙を埋めようと推川ちゃんに尋ねてみた。


「うん、もう治っちゃった。回復早いでしょ」


「早いね。二日酔いってそんなもんなの?」


「私の二日酔いはそんなもんだね。だけどもっと苦しむ人もいれば、逆に全く二日酔いにならない人も居るのよ」


「へー、そうなんだ」


 朝は顔色の悪かった推川ちゃんも、今ではケロッとしている。

 それならば俺も二日酔いにならないタイプだったらいいなと思いながら、ドリンクホルダーにあるお茶を取って口を付ける。

 そこでまた車内には会話がなくなる。今まで話し声が聞こえて来た後ろを振り返ってみると、桜瀬と瑠愛が肩を寄せあって寝ている横で、逢坂がスマホをいじっていた。


「逢坂、起きてたんだな」


 静かになったからてっきり三人は寝ているかと思ったのだが、逢坂だけは起きていたようだ。

 逢坂はスマホから視線を上げてこちらを見るなり、愛嬌のある笑顔を浮かべた。


「あんまり眠くないのでね。ここで寝ちゃったら夜寝れなくなっちゃいそうなんで」


「なるほどな。賢い」


「えへへ、ありがとうございます。湊先輩は眠くないですか?」


「あんまり眠くないかな。それと俺も今寝ちゃったら夜眠れなくなりそうだし」


「ですよねー。なのでスマホ見て耐えてます」


「車酔いしないようにな」


 逢坂が笑顔で「はい!」と返事をしたのを聞いて、俺は前を向いた。それから程なくすると、後ろから「あ、そう言えば」と逢坂が口にした。バックミラー越しに、逢坂と目が合う。


「聞きたいことがあったんですよ」


「どうした?」


「先輩たちって卒業式に出るんですか?」


 もうそんな時期になるのか。そう言われてみれば、卒業式に参加するかどうかの話を瑠愛や桜瀬としたことがなかったな。


「どうするかなー。いやまあ、多分出ないと思うけど……推川ちゃん、卒業式って出た方がいいの?」


「えー、どうなんだろ。高校の卒業式は人生で一回しかないから記念に出ておくのもアリだし、別に出たくないのであれば出なければいいし。どっちでもいいんじゃない?」


「そう言われると困っちゃうんだよな。どうしよう」


「ひなちゃんは出なかったよね。ひなちゃんらしいけど」


「そうなんだよね。ひな先輩は卒業式出なかったし、それを考えたら俺も出なくていいかなって思っちゃう」


 恐らく瑠愛も桜瀬も卒業式には出ないと言うだろう。しかし卒業式に出ないとなるのも、ちょっとだけ寂しい気がする。


「ひな先輩は卒業式出なかったんですか?」


 後ろの席から逢坂が尋ねた。


「ああ見えて興味ないものにはとことん興味ないから、卒業式も出なかったな」


「卒業式に出なかったってことは、何を区切りにして高校を卒業したんですか?」


「ああ、それなら俺たちが企画した卒業式をやったんだよ。屋上で椅子並べて、ミニ卒業式を開いたんだ」


「え、そんなオシャレなことしてたんですか」


「オシャレかどうかは分からないけど、桜瀬の案だった気がする」


「あー、紬先輩なら納得です」


 桜瀬の案なら納得なのか。俺や瑠愛はどう思われているのか気になったが、いい答えが返って来なかった時にショックなので聞かないことにしよう。


「もし先輩たちが卒業式に出ないなら、わたしが先輩たちの卒業式開きますよ!」


 前のめりになりなっている逢坂と、バックミラー越しに目が合った。その表情は年下でありながらも、とても頼もしく見える。


「え、いいのか?」


「もちろんですよ! わたし、先輩たちの卒業式開きたいです! 今までの感謝も込めて!」


 フンと鼻から息を吐いて、得意げな顔をしている。

 特に感謝をされるようなことをした覚えはない。逆に逢坂には感謝をしているくらいだ。


「いいよね! 推川ちゃん!」


「私はもちろんオーケーよ。屋上でやるんでしょ?」


「屋上かな。やっぱりわたし達の思い出と言えば屋上なんで」


「おっけー。高校の卒業式の日程とズラしてくれれば、私も屋上の卒業式に参加出来るからズラして欲しいかな。私も佐野くんたちの卒業式に参加したいから」


「了解ですっ。任せといて下さいっ」


 額に手を当てて敬礼のポーズを取った逢坂は、ニコッと笑顔を浮かべた。彼女を見ていると元気を貰える。


「ほんとにありがとな、逢坂」


 バックミラー越しに思ったことをそのまま伝えると、逢坂は一瞬だけ驚いたような表情を作ってから、へにゃあと頬を緩めた。


「何言ってるんですか〜。こちらこそですよ。卒業式を開いたくらいじゃ返しきれないくらいの恩があるんですから」


「そんなに逢坂に何かしてあげてたっけ?」


「そりゃあもう。毎日が感謝の積み重ねでしたよ」


「そうなのか」


 やはり自分では何も実感がない。

 卒業式を開いて貰う分、俺も逢坂に感謝を返さなければならない。これはあとで、瑠愛と桜瀬と作戦会議だな。


「だから期待していて下さいね! 先輩たちの卒業式!」


「ああ、楽しみにしてるよ」


 まさか自分たちの卒業式を開いて貰えるなんて思ってもいなかったので、今からとっても楽しみだ。

 すっかり心強くなってしまった後輩の隣では、瑠愛と桜瀬が寝息を立て続けていた。


 ――第十一章 完――

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