甘々な二人

 推川ちゃんが口から虹色の光を出している中、桜瀬と逢坂と話し合い、今日はもう部屋に戻ろうかという話になった。


「おーい、瑠愛ー」


 推川ちゃんの布団にくるまっている瑠愛に話掛けるが、全く反応しない。


「寝ちゃったんじゃないですかね、瑠愛先輩」


「疲れちゃったのかもね。一日ずっと動きっぱなしだったから」


 逢坂と桜瀬と一緒に、瑠愛の寝ている布団の近くでしゃがみこんでみる。枕に頭を置いている瑠愛は、真っ白の布団にくるまりながら寝息を立てていた。とても気持ちよさそうな顔をして眠っている。どこかのお姫様のようだ。


「寝顔もこんなに美人だなんて、同じ女としてはちょっと嫉妬しちゃいます」


「それは分かるー。こんなに美人なのに、お風呂上がりにドライヤーもパックもしないのよね……なんか、努力じゃ追いつけないものを見てる感じ」


「努力では追いつけないですよねえ。地が強すぎます。神レベル」


「神レベルというよりも、女神レベルって言う方がしっくりくるかなー」


「それです! 女神レベル!」


 寝ている瑠愛は、まさか寝顔を見られながら桜瀬と逢坂に顔を絶賛されているとは思ってもいないだろうな。


「ありがとな、俺の彼女を褒めてくれて」


 だからなんとなく、俺が代わりにお礼を言っておいた。すると隣に座る桜瀬が、肘で小突いてきた。


「なんかそれムカつく〜、まるで瑠愛は自分のものみたいじゃない」


「間違ってはないだろ」


「くぅ〜、このリア充野郎が。大学に入ったらアタシも神レベルの彼氏作るんだから覚えておきなさいよ」


「桜瀬は顔も整ってるし性格もいいからすぐ彼氏出来るだろ」


「それ、アタシのことを振ったアンタが言う?」


「うっ……いや……なんか……ごめん……」


 桜瀬に顔を覗き込まれて視線を逸らすと、彼女は楽しそうにニヤニヤと笑った。かと思えば、俺の背中をバシバシと叩く。


「はいはい、冗談だから。そんな顔しないの」


 完全に手玉に取られてしまった。きっとこういうことは、大学に行ってもなお続くだろう。


「今、ちょっとドキリとしましたよ……」


 しかし見てる方は心臓に悪いようで、逢坂はホッとした表情を浮かべている。


「今のは完全に俺が悪かったからな……反省するわ」


「はいはい反省しなさい。それでこの話はもう終わり。早く瑠愛のこと起こしちゃいましょ?」


「そうだな、起こすか」


 そう言って瑠愛の華奢な肩を掴み、「おーい」と声を掛けながら揺する。瑠愛は「んー」と眠そうな声を発しながら、上半身だけを起こした。そしてまだ寝ぼけているのか、目を擦りながら俺の腕に腕を絡めた。


「おー、起きたてでもラブラブですね」


 感心したような顔をしている逢坂は、寝起きの瑠愛に釘付けになっている。


「瑠愛、起きれるか?」


 そう問いかけると、瑠愛はとろんとした表情のままこちらを向いた。


「どこ行くの?」


「部屋に戻るんだよ」


「……そっか、ここ、推川先生の部屋」


「そういうことだ」


「推川先生は?」


「推川ちゃんは……ちょっと野暮用で今は出てる」


「そう……じゃあ、起きる」


 瑠愛は「ふああ」と小さな口を開いてあくびをすると、腕を広げて俺に抱きついた。


「瑠愛先輩、いつになく甘えてますね」


「アタシには甘々すぎて……見てるだけで胃もたれしそう」


 逢坂と桜瀬から視線を送られながら、瑠愛に抱き着かれたまま立ち上がる。遅れて逢坂と桜瀬も立ち上がったのを確認して、俺たちは部屋をあとにして廊下に出た。その頃には瑠愛は抱き着くのをやめて、いつも通り俺の腕を掴んでいる。


「それじゃあまた明日な」


 部屋が別方向にあるため、桜瀬と逢坂とはここでお別れとなる。


「明日、朝の八時から大広間で朝食バイキングやるらしいから、そこでまた集合しようね」


「ああ、了解した。起きたら連絡するわ」


 俺が手を振ると、二人も手を振り返してくれた。桜瀬と逢坂がこちらに背を向けたのを確認して、俺と瑠愛も部屋に戻った。


 ☆


 自分たちの部屋に戻ると、真っ白な布団が並んで置いてあった。瑠愛は並んでいる布団をくっつけると、布団の中に入ろうとする。


「ちょっと待て瑠愛。寝る前に歯磨きしなくちゃ」


「……そうだった」


 面倒くさそうな顔をする瑠愛を見て、俺はどうしてか笑ってしまった。

 二人で洗面所に行って、アメニティとして置いてあった歯ブラシを袋から取り、鏡の前で瑠愛と並んで歯磨きをする。

 鏡越しに眠たそうな顔をする瑠愛と目が合ったので笑いかけると、彼女も柔らかい笑みを見せてくれた。

 歯磨きを終えて、ようやく寝るための準備が整った。浴衣姿のまま寝るというのはなんとも変な感覚だが、すぐに慣れるだろうと思いながら部屋の明かりを消した。


 布団に入るなり、瑠愛は俺の体に抱き着いてくる。

 まだ暗闇に目が慣れていないが、俺も瑠愛の方を向きながら寝ることにした。


「今日は楽しかったか?」


「うん、楽しかった」


「それはよかった」


「湊は楽しかった?」


「俺も楽しかったぞ。こんなにみんなと同じ時間を過ごしたのも久しぶりだったし」


「そうだね。一日中みんな一緒だった」


 暗くて表情は読み取れないが、声色はとても嬉しそうだった。みんなと居られて嬉しそうにする彼女が可愛くて、思わず頭を撫でる。すると瑠愛は、俺の胸に顔を埋めた。彼女は寝る間際に、いつもこうやって俺に密着するのだ。最初は抱き着かれた興奮で寝付けなくなってしまっていたが、今では彼女がそばに居てくれないと寝れなくなってしまった。


「明日は帰るようだけど、残った時間もみんなと楽しもうな」


「うん、楽しむ」


 きっとこれが、高校生活最後のみんなと一緒に居られる旅行になるだろう。そう思うとちょっとだけ寂しくなるが、明日は悔いが残らない一日にしよう。


「瑠愛」


 名前を呼ぶと、彼女は俺の胸から顔を上げた。


「俺たちはずっと一緒に居ような」


 思ったことをそのまま口にすると、瑠愛の抱き着く腕に力が入ったのが分かった。暗闇に慣れてきた目は、彼女が微笑んでいる顔を映している。瑠愛はその表情のまま、俺の胸に顔を押し付けた。


「うん、ずっと一緒」


 ちょっとだけくすぐったいような、照れたような声だったが、嬉しそうな声が聞けて良かった。

 彼女の綺麗な銀髪を撫でているうちに、二人の意識は夢の中に落ちて行った。

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