酔っ払いの小話

 夕飯を終えた五人は自分たちの部屋に戻ることはなく、推川ちゃんの部屋でダラダラとしていた。

 夕飯のあと片付けをしてくれた女将さんは、推川ちゃん用の布団を敷いてくれた。それと同時に瑠愛が布団へと飛び込んだが、推川ちゃんは笑って許してあげていた。

 俺は推川ちゃんと小テーブルを挟んで向かい合わせとなるようにして窓際の椅子に座り、桜瀬と逢坂は座布団の上に座っている。瑠愛は布団にくるまっているのだが、もう寝てしまったのだろうか。


「ねえねえ推川ちゃん、そろそろ何があったか教えてよ〜」


「そうですよ〜。推川ちゃんの恋愛事情気になります〜」


 恋バナに飢えている桜瀬と逢坂は、話を聞こうとわざわざ座布団を俺たちの傍に持ってきて座った。


「え〜? だからぁ何でもないってぇ、ねぇ湊くん?」


 結構な量のお酒を飲んでいる推川ちゃんの呂律はおかしくなっているが、それでも何があったのかは言う気になれないらしい。


「いや俺に言われても分からないから」


「このぅ、可愛い彼女が居るからってぇ余裕そうなんだからぁ」


「何も余裕そうにはしてないんだけどね。ってか推川ちゃん飲みすぎじゃない? 大丈夫?」


「大丈夫大丈夫! 今日は羽目を外すって決めたんだからぁ、まだまだ飲むわよ〜」


「……ほどほどにどうぞ」


 今の推川ちゃんには何を言っても通用しないだろう。それにお金を払っているのは推川ちゃんなので、今日は彼女の好きなようにさせてあげよう。もしも介抱をしなければならない時は、俺が頑張るしかない。


「ねー、おーしーかーわーちゃーんー」


「おーしーかーわーちゃーんー、教えて下さいよぉ」


 そしてこちらには駄々っ子になってしまった桜瀬と逢坂が居る。まるで餌を待つひな鳥のようだ。

 ここまで頑なに言おうとしないのだ。これ以上しつこく迫るのも可哀想かと思い、そろそろフォローを入れようかと思い立ったその瞬間。


「もー、そこまで言うならぁ、教えてあげちゃおうかなぁ」


 満更でもなさそうな顔をした推川ちゃんは、手に持っている缶チューハイをあおった。そしてまた、次の缶チューハイを手に取って、カシュッとフタを開く。


「あ、先に言っておくけどぉ、私はフラれてはないからね? だから期待してるような話ではないかもだけどぉ」


「それでも! 聞きたい! 恋バナ!」


「わたしも聞きたいです! 恋バナ!」


 興奮している様子の桜瀬と逢坂に、推川ちゃんは「じゃあ」と前置きをしてから話し始めた。


「私ねぇ、大学時代から仲のいい男友達が居るんだけどねぇ?」


 推川ちゃんにも男友達が居るのか。今まで男の影なんて少しも見せたことがなかったので、男友達が居る推川ちゃんというのは意外な一面かもしれない。桜瀬と逢坂も同じことを思ったのか、話の掴みで完全に持っていかれたようで、興味津々な目を推川ちゃんに向けている。


「その男友達とは社会人になってもぉ、たまーに飲みに行くような仲だったのよぅ……それでねぇ、それだけ飲んでればね? ちょっと期待しちゃうじゃない?」


 共感を求める推川ちゃんに、桜瀬と逢坂がうんうんと頷く。


「だけどこの間ぁ、久々に偶然駅で会った時にねぇ? していたのよ、左手の薬指に……キラキラと光る結婚指輪が……」


 推川ちゃんは何も付けていない左手を見せながら言うと、桜瀬と逢坂はキャッキャと楽しそうな顔をしながら抱き合った。

 そんなに興奮する話だろうか……。俺は推川ちゃんが不憫に思えて仕方がないが……。


「わぁ……鳥肌立ったよ……」


「わたしも鳥肌立ちました〜。そこら辺のホラー映画よりも怖い結末でした……」


「推川ちゃんがもっと肉食系だったらねー」


「それありですね! これからは肉食系で行きましょう! 推川ちゃん!」


 好き放題に言われている推川ちゃんは、ちょびちょびとお酒を口にしながら、足をバタバタとさせている。


「別に好きとかじゃないのにぃ、なーんか置いていかれた気分になったの! わーん佐野くん、私を嫁に貰ってくれぇ〜」


「俺が本気にしたらどうするんですか」


「本気にならないから言ってるのー!」


「……そうですか」


「ということで私を嫁に貰うのだ!」


「俺にどうしろと……」


 酔っ払い推川ちゃんはちょっとめんどくさい。というか、酔っ払うとひな先輩に似てくる気がする。ということは、ひな先輩が酔っ払ったらどうなってしまうのだろうか。


「あ、ちょっと待って」


 そんなことを考えていると、今まで駄々っ子のように足をバタバタとさせていた推川ちゃんはピタリと動きを止めて、真顔でこちらを向いた。


「え、なにそのテンションの高低差」


 何かを思い出したかのような表情をする推川ちゃんに、三人が驚いた表情をした。


「気持ち悪い。吐くかも」


「「「え、」」」


 真顔でそんなことを言う推川ちゃんを見て、三人は一斉に腰を上げた。


「これ、吐くやつ」


 推川ちゃんはそう言って立ち上がるが、足元をフラつかせていて見ていて危なっかしい。その間にも、推川ちゃんの顔色はどんどんと青くなっていく。


「あー、もう、だから言わんこっちゃない」


 桜瀬が推川ちゃんに肩を貸し、俺も反対側の腕を自分の肩に回した。俺と桜瀬で担ぎながら、推川ちゃんをトイレへと連れて行く。


「ごめん……生徒に吐いてるところ見られる訳にいかないから、トイレから出てて……部屋に戻っててもいいよ」


 推川ちゃんはそれだけを言うと、俺と桜瀬をトイレから追い出した。とても心配ではあるが、見られたくないというので仕方がない。


「だ、大丈夫でした?」


 心配そうな表情をして座布団に座っている逢坂に、俺と桜瀬は苦笑いを返した。

 せっかく食べた豪華な夕食がトイレに流れているのかと思うと、もったいない気がしてならなかった。

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