メリークリスマス

 ちょっと長風呂をしてしまったが、温泉を出ると瑠愛たちの姿は見当たらなかった。男湯を出てすぐにあるマッサージチェアに座って待っていると、温泉でホカホカになった瑠愛たちが戻って来た。


「お待たせ、湊」


 瑠愛は俺を見つけるなり、小走りでこちらへとやって来た。


「おう、そっちの温泉は気持ちよかったか?」


「うん、ヌルヌルしてた」


「ヌルヌル? あー、温泉入ってる時の肌な」


「そう、ヌルヌルしてた」


 マッサージの停止ボタンを押して立ち上がり、ほんのりと湿っている瑠愛の頭を撫でた。


「はいはーい、みんなー、これから夕飯なんだけど、私の部屋に五人分のご飯が届くからこのままいらっしゃーい」


 いつもよりもフワフワとしている推川ちゃんの口調に、さては温泉で酒を頼んだのだなと勘づいた。『温泉に入りながら日本酒を飲めます』と書かれていた張り紙を思い出したのだ。


「推川ちゃん、出来上がってるな」


 そんなことを呟きながら推川ちゃんたちの元に合流すると、桜瀬と逢坂が苦笑いを作った。


「結構飲んでたからね〜。これから夕飯なのに大丈夫かな」


「温泉の中で寝そうになってたんですよ。これが推川ちゃんなんだって、学校の生徒たちに見せてあげたいです」


 生徒たちと温泉に入るのに気を使ってしまうのではと思っていたのだが、推川ちゃんは個人的に楽しめていたようだ。まあそれも、推川ちゃんの良いところだろう。


「まあまあいいじゃないのー。夕飯だって食べれるし酔っ払っても温泉では寝ないからー」


 と言いながら桜瀬と逢坂の肩に腕を回す推川ちゃん。素面では生徒の肩に腕を回したりしないので、確実に酔っ払っている。


「ほらほら、先に夜ご飯が部屋に到着してたらどうするのよ。早く行くわよー。私に着いてきなさーい!」


 推川ちゃんは桜瀬と逢坂の肩に腕を回したまま、くるりと踵を返して部屋の方へと歩いて行ってしまった。


「推川先生、ちょっと酔っ払ってる」


「これからもっと酒を飲むんだろうから、もっと出来上がるんだろうな」


「でも、推川先生が楽しんでくれてるの嬉しい」


「それは分かる。先生が羽目を外してるのなんて、あんまり見る機会ないからな」


 瑠愛と並んでそんな会話をしながら、桜瀬たちの背中を追うようにして歩き出した。


 ☆


 推川ちゃんの部屋に到着したが、まだ夕飯は届いていなかった。でもせっかくここまで来たので、夕飯が来るまで推川ちゃんの部屋で待機することとなった。


「私は夜ご飯が到着する前にもう一本だけ飲んじゃおうかなー」


 推川ちゃんは窓の傍にある椅子に座ると、カシュッとフタを開けて缶チューハイをあおるようにして飲んだ。


「ほどほどにどうぞ」


 酒飲みを横目に見ながら、俺たちもテーブルを囲んで冷えたジュースを飲んでいる。

 紫色の座布団は五つあるが、これは旅館側が故意的に用意してくれた数なのだろうか。もしそうだとしたら、優秀すぎるだろ。


 それから五人で何気ない会話をしていると、部屋の扉がノックされた。扉を開いてみると、そこには女将さんが夕飯を持ってきてくれていた。

 テーブルに夜ご飯が並んだ。松茸の混ぜご飯。お豆腐。様々な種類の刺身。一人前のすき焼き。漬物……などなど。こんなに沢山あるのに、これが一人前なのだ。五人分の料理が並ぶ頃には、広いと思われたテーブルが料理で埋め尽くされた。


「うわー、すごく美味しそうだけどすごく多いね。食べ切れるかな」


 真正面に座る桜瀬は、テーブルの上に広がる料理を写真に収めている。その隣に座る逢坂と推川ちゃんも、思い出したかのようにスマホを取り出して、写真撮影を開始した。


「やばいですよこれ! 写真映えしますね」


「ほんとよねー。これとお酒を一緒に飲めるとか幸せすぎる」


「でもこれ高かったんじゃない? すごい豪華だもん」


「んー、値段のことは思い出したくないからノーコメントで」


 苦い笑みを浮かべている推川ちゃんの表情から察するに、相当値段が張ったのだろう。というか、この旅館の設備やら料理を見ただけで高値であることがヒシヒシと伝わってくる。


「やっぱり高かったんだ。アタシが仕事始めたら絶対にお返しするんで。もちろん今までの分も含めてね」


「あ、それは俺も」


「私も」


「わたしもお返しします! 絶対に!」


 生徒の四人が手を挙げながら言うと、推川ちゃんは「ええー」と困っているのか喜んでいるのかという表情を浮かべた。


「それはとても嬉しいけど……まあ楽しみにしてるわね」


 そこで怒涛の撮影大会も終わったようで、五人は座布団の上に座り直した。


「さてさて、それじゃあみんな落ち着いたようだし、冷めないうちに食べちゃおうか。みんな、飲み物持って」


 そう言って推川ちゃんが缶チューハイを手に持つと、生徒の四人は缶ジュースを持って続いた。


「ええと。佐野くん、柊ちゃん、紬ちゃんは大学合格おめでとう。そして逢坂ちゃんも、先輩たちのサポートご苦労さま。ということで、今日の温泉旅行は頑張ったみんなへの私からのプレゼントです。今日も残りわずかとなってしまいましたが、まだまだこれから楽しもう! ということで、メリークリスマス!」


 缶チューハイを天井に向けて掲げた推川ちゃんに続いて、生徒の四人も缶ジュースを掲げて「メリークリスマス」と声を上げた。

 それから五人は温泉宿の美味しい料理を食べながら、先程入った温泉での出来事や温泉街を散策した時の話などで盛り上がった。

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