みんなみんなズルい

 足湯に立ち寄ったあとも、温泉街をぐるりと回ってから温泉宿に戻って来た。その頃には空が暗くなりかけていて、それに伴いお腹も空いてきた。しかし夕飯の時間まで残り一時間はあるらしいので、先に温泉に入ることとなった。


 一旦部屋に戻って着替えを持ってから部屋を出て、みんなと合流して温泉へと向かう。


 ここの温泉宿は混浴ではないし、もしも混浴があったとしても女子と一緒に入る風呂は落ち着かないだろう。女子の四人と別れて男湯に向かい、誰も居ない更衣室で着替えてから温泉へと入る。

 ここの温泉は露天風呂しかないので、裸だととてつもなく寒い。

 軽く体を洗ってから、湯気が昇る温泉に入る。

 暗くなりかけている空と、温泉に備え付けられている電灯の明かりが綺麗なコントラストを生んでいる。


「はあ〜」


 外の肌寒さが温泉に溶かされ、思わず声が漏れ出る。温泉宿というものは、こんなにも気持ちが良くて幸せなものなのか。一言で言うならば、天国だ。


「ふぅ……あいつらも楽しんでんだろうなあ」


 木製の壁を挟んだ向こう側にある女湯を見ながら、四人が何をしているのか思考を巡らす。久しぶりに一人になったのに、考えるのは四人のこと。


「ほんと、いい友達が出来たよなあ」


 入学した時には最悪な高校生活になると思っていたのに、人生とは何が起きるのか分からないものだ。

 壁の向こう側に居るであろう四人を思いながら、温泉街を散策して疲れた体を、ゆっくりと癒すことにした。


 ♡


「わぁ! ひろーい!」


 更衣室を出て外へ出るなり、タオルを巻いている愛梨ちゃんが露天風呂へと走って行った。

 早い時間だからか、アタシ達の他に人の姿がない。貸切状態というやつだ。


「こら〜、走らないの〜。あと体洗ってから入りなさーい」


 後ろからタオルを巻いている推川ちゃんが注意をすると、愛梨ちゃんは「はーい」と返事をしながら踵を返して風呂椅子に座り体を洗い始めた。

 そんな光景を微笑ましく思いながら、アタシも体を洗おうと風呂椅子に座ろうとすると、脇腹をつんつんとつつかれて「ひゃい!」と変な声が漏れ出た。タオル越しではあるが、あまりのくすぐったさに体が反応したのだ。

 振り向いて見ると、タオルも巻いていないすっぽんぽんの瑠愛が無表情でこちらを見ていた。彼女の胸はふっくらとしていて、アタシよりもちょっとだけ大きい。


「る、瑠愛。いきなりつつくのは心臓に悪いからやめて欲しいんだけど……」


「ん、ごめんなさい」


「全然大丈夫だけど……それでどうしたの?」


「髪を洗って欲しい」


 瑠愛はキョトンとした顔を作り、「いい?」と首を傾げた。

 こんな美人で可愛い女の子に、髪を洗ってと言われて断る人が居るだろうか。少なくともアタシには無理だ。


「いいけど……いつもは一人で洗ってるのよね? まさか湊に──」


「ううん。一人で洗ってる」


「だよね。ちょっと安心した」


 毎回お風呂の度に湊を呼んで、髪を洗って貰ってるのかと思った。

 不思議そうな顔をしている瑠愛を風呂椅子に座らせて、シャワーで彼女の髪を洗い流す。それからシャンプーを手に取り、瑠愛の綺麗な銀髪を泡立てていく。


「紬、寒くない?」


「ちょっとだけ寒いね」


「シャワー浴びる?」


「いやいいかな。シャワー浴びてもあとで寒くなっちゃうから」


「そう」


 瑠愛の前には鏡が備え付けられていて、気持ち良さそうに目を細めているのが分かる。アタシは瑠愛の気持ち良さそうにしている顔が大好きだ。


「じゃあ流すね」


「うん」


 泡立った髪を丁寧にシャワーで流すと、電灯の明かりを反射する綺麗な銀髪が顔を出した。


「はい完了〜。体はどうする?」


「体は自分で洗う」


「そっか。じゃあアタシは自分の髪を洗いに行くね」


「うん、ありがと、紬」


「どういたしまして〜」


 瑠愛の隣のシャワーを使い、髪と体を洗う。後ろを振り向くと、鏡とにらめっこしながら化粧を落としている愛梨ちゃんと推川ちゃんの姿があった。


 やっぱり化粧って大変なんだな。ちょっとだけしてみたいけど。大学に入ったら化粧してみたいから、今度愛梨ちゃんに教わってみよう。そんなことを考えながらシャワーを終えて、温泉に肩まで浸かる。ずっと寒い場所でシャワーを浴びていたので、温泉の熱が体の芯まで伝わってくるみたいだ。


「ほへ〜、温まる〜」


 腕を空へと向けて伸びをする愛梨ちゃんは、化粧を落としてすっぴんになっている。化粧を落としても可愛いなんて、ちょっとだけズルい。あと、この四人の中で一番おっぱいも大きいし、そこも含めてズルい。


「温まるね〜。ずっとここに居てもいいくらい」


「紬、それじゃのぼせちゃう」


「あはは、さすがに冗談だよ」


「そう、なら良かった」


 温泉の中で三角座りをしている瑠愛は、温泉に入ってさっそく頬を桃色に染めている。そんな彼女のちょっと抜けたところも、悪意を感じさせない絶妙さがちょっとだけズルい。


「いいわねー、こうやって温泉で飲む日本酒は最高ね。紬ちゃんの言う通りずっと入ってられそう」


 おちょこを片手に温泉に入っている推川ちゃんの頬は赤い。最初は夕飯を美味しく食べたいからとお酒を我慢していたのだが、シャワーを浴びている最中に我慢出来なくなったらしい。


「いいなー、アタシも温泉でお酒飲みたーい」


 まだお酒の味を知らないが、推川ちゃんがこれだけ美味しそうに飲んでいるところを見てると、アタシも飲みたくなってくる。


「まだダメよー。お酒はハタチになってから♪」


「アタシも早く大人になりたいな」


「大学に入ればあっという間だから」


「本当かなー」


「ほんとほんと、これは経験論なんだから」


 推川ちゃんだってアタシみたいに高校生だった頃があって、大学生を経験してから保健室の先生になったのだ。彼女がどういう経験をして来たのかは分からないが、こうやって生徒たちから慕われる教師になるには、これまで沢山の経験をして来たのだろう。これはアタシが頑張るしかないのだろうが、ちょっとだけズルいと思ってしまう。


「んー、もー、みんなズルいよー!」


 ほんのちょっとだけの嫉妬心なのに心に溜めておくことが出来ずに、声を上げながら隣に居た瑠愛に抱き着いた。温泉効果で肌がヌルヌルのスベスベだ。


「紬、ヌルヌルする」


「それは瑠愛も一緒だよ〜」


 そしてやっぱり人に抱き着くと、心が段々と落ち着きを取り戻していく。癒されているとでも言うべきだろうか。


「先輩たちだけズルいですー! わたしもハグ混ぜてくださーい!」


 愛梨ちゃんも腕を広げて抱き着いてくる。三人分のヌルヌルが気持ちいい。


「ちょっとぉ、こっちまで水しぶき飛ばさないでよー」


 おちょこを庇いながら文句を言う推川ちゃんだが、「まったく」と口にした時には柔らかく笑っていた。仕方がないなあという表情だ。


 みんなみんなちょっとだけズルいけど、そういうところも含めてみんなが大好きなのだ。そしてみんなから、少しずつ幸せを分けて貰っている。


「もー! みんな大好き!」


 心にしまっておくだけでは勿体ないと思った言葉を叫びながら、瑠愛と愛梨ちゃんの首に手を回して抱き着く。

 今日の旅行が終わっても、高校生活が終わっても、瑠愛と愛梨ちゃんと推川ちゃんと湊だけは大切にしていこう。


 温泉宿の露天風呂にて、桜瀬紬はそんなことを思った。


 ♡

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