足湯な恋事情

 射的の屋台をあとにした五人は、ぞろぞろと温泉街を散策していた。俺は瑠愛の大きなふ菓子を持たされ、逢坂はテディベアを抱きかかえ、桜瀬と推川ちゃんは包みに入ったお菓子を持っている。全てが射的の景品だ。


「あ! 足湯があるよ!」


 隣を歩いていた桜瀬が指をさす先には、足湯が出来る場所があった。ちらほらと足湯をしてる人たちの姿も見えるが、今なら俺たち五人が座れるスペースがある。


「いいねー、足湯寄って行こうか」


 逢坂と歩いていた推川ちゃんが賛成すると、俺たちは揃って足湯をしに向かった。

 推川ちゃん・瑠愛・俺・桜瀬・逢坂の順で一列に並んで、足湯をすることになった。足をお湯の中に入れてみると、ちょっと熱いくらいのお湯が冷えた体を温めてくれる。


「ふぅ、温かーい。足湯さいこー」


 お湯の中に足を入れるなり、桜瀬はうっとりとした表情を浮かべた。


「熱くない?」


 隣に座っている瑠愛は靴下を脱いで真っ白な生足を出すと、俺の袖を引っ張りながらそんなことを尋ねた。


「ちょっとだけ熱いかな。でも気持ちいいくらいで慣れるとそうでもないぞ」


「火傷しない?」


「火傷するような足湯を設置してたら大問題だろ」


「言われてみれば」


「だろ?」


「じゃあ、足湯してみる」


「初足湯か?」


「うん、初足湯」


 俺の袖を掴んだまま、瑠愛は露出した足を恐る恐るといった様子でお湯の中へと入れた。その瞬間に、瑠愛の体が気持ちよさそうにふるふると小刻みに震えた。

 気持ち良くて体が震えてしまう瑠愛が可愛くて、我慢が出来ずに頭を撫でた。


「どうだ? 熱くないか?」


「うん、ちょうど良かった」


「そうか」


 頭を撫でると瑠愛は気持ち良さそうに目を細め、俺の袖を離そうとしない。可愛すぎる。


「佐野くんと柊ちゃんは本当に仲良いのねー。もう付き合って一年は経ったでしょう?」


「夏で一年だったね」


「すごいわよねー。私が保健室の先生になってから、佐野くんと柊ちゃんみたいな高校生カップルは初めて見たわ」


「と言うと?」


 俺が首を傾げて問うと、他の三人も興味津々な目を推川ちゃんへと向けた。

 推川ちゃんは「うーん」と言いながら、コーヒーの入った紙コップを口に付けた。


「高校生カップルで同棲してて、しかも一年以上も続いてるカップルってそうそう居ないと思うわよ。やっぱり高校生のカップルって、私の偏見かもしれないけど興味で付き合うことがほとんどだと思うの。だからみんな三ヶ月とか半年とかで別れちゃうのよ」


 そう言い終えたあとにコーヒーをずずっとすする推川ちゃんを見て、生徒の四人は「へ〜」と声を漏らした。


「湊先輩と瑠愛先輩はあれですもんね、湊先輩の一目惚れで付き合ったんですもんね」


 笑顔で顔を出した逢坂に、俺は照れつつも「まあな」と返した。


「一目惚れだったけど、告白したのは一年後とかだもんねー」


 隣に座る桜瀬がニヤニヤとしながら、脇腹を小突いてくる。


「ほっとけ」


 たしかに振られるのが怖くて一年も告白出来ていなかったわけだが、きっと一目惚れした直後に告白をしていてもフラれていただろう。

 やはり告白をするのは、仲を深めてからに限る。まあ、告白したことなんて人生で一度きりだが。


「でもいいじゃないの。恋なんて慎重になってなんぼよ。この歳になってそれがよーく分かる」


 どこか哀愁を感じるその声に、生徒の四人は顔を合わせた。もしかして推川ちゃんに何かあったのだろうか。


「推川ちゃん、もしかしなくてもフラれた?」


 オブラートに包むことなく桜瀬が切り込むと、推川ちゃんは我に返ったのかハッとした表情をした。


「い、いやいや! 別になんともないのよ? ただ何となくそんなことを思って──」


「推川ちゃん、隠さなくてもいいんだよ。アタシたちの仲じゃないか」


「そうだそうだー! 全部吐き出しちゃった方が楽になるよー」


 一見すると親身になって相談に乗ろうとしている桜瀬と逢坂だが、その表情はどこか楽しそうでもある。


「ほ、ほんとに違うの! 何も無かったんだから!」


「はいはい、あとで推川ちゃんの晩酌に付き合ってあげるからねー」


「わたしもわたしも! 推川ちゃんの失恋話が聞きたいので晩酌付き合います! もちろんオレンジジュースで!」


 どうやら推川ちゃんは、人の恋バナに飢えている女子たちに捕まってしまったようだ。


「推川ちゃん、諦めた方がいいよ。この二人は自分の聞きたいことが聞けるまで諦めないから」


「紬と愛梨はハイエナ」


 俺と瑠愛が諭すように言うと、推川ちゃんは嫌な予感に口端を吊り上げながら頬をポリポリと掻いた。


「それは……困ったわねぇ……」


 本当に困ったという表情をする推川ちゃんを、ハイエナと呼ばれた二人はニヤニヤとしながら真っ直ぐに見つめている。まるでもう逃げ場などないぞとでも言っているかのようだ。その矛先が俺だったかと思うと、ゾッとさせられる。


「じゃあ推川ちゃん。夜は頑張ってね」


「私も応援してる」


 自分たちに飛び火する前に身を引こうとした俺と瑠愛だったが、肩をポンポンと叩かれて背筋がゾクリとした。

 悪寒が全身を巡りながらもゆっくりと叩かれた肩の方を向くと、そこにはニコニコとしている桜瀬の顔があった。


「ええと……なんでしょうか……」


「湊と瑠愛もだよ」


「どういうことですかね……」


「夜。楽しみだね」


 早いうちに身を引こうとしたが、もう手遅れだったようだ。ハイエナの二人が俺と瑠愛を視線で捕らえている。

 瑠愛と顔を合わせると、彼女は珍しく苦い表情をしていた。


「瑠愛……夜は頑張ろうな」


「推川先生でお腹いっぱいになってくれないかな」


「それだな。推川ちゃん、ハイエナたちがお腹いっぱいになるような話を頼みます」


 俺と瑠愛が同時に推川ちゃんの方を向くと、彼女は目に見えて不服そうな顔を作った。いつもは推川ちゃんに根掘り葉掘りと聞かれていた恋バナも、彼女から聞けることになるとは思ってもいなかったので、ちょっとだけ楽しみにしている自分が居る。

 夜は推川ちゃんに沢山お酒を飲んで貰わなくては。そう思うこととなった足湯だった。

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