これは浮気ではない

 部屋にあった浴衣に着替えてロビーに到着すると、既に推川ちゃんと桜瀬と逢坂の三人が椅子に座って待っていた。彼女たちも浴衣に身を包んでいて、これぞ温泉旅館といった光景だ。


「お待たせしました」


「お待たせ」


 俺と瑠愛も皆の元に到着すると、三人は笑顔で迎えてくれた。しかし逢坂の頬は若干赤みががっている。一足先に温泉にでも入って来たみたいだ。


「よーし、佐野くんと柊ちゃんも無事に到着したし、ぼちぼち出発しようか」


 椅子から立ち上がった推川ちゃんに続いて、桜瀬と逢坂も腰を上げた。


「どこに行くの?」


「あら、愛梨ちゃんから聞いてない?」


 まだ何も聞いていないので首を傾げると、推川ちゃんは逢坂の方を向いた。


「あ! 言い忘れてました! ちょっと色々あったので……」


 うん、色々あったよな。厳密には見せちゃいけないものを見せてしまった。あとで何か奢ってやることにしよう。


「まあ、愛梨ちゃんの様子を見てれば何があったのかは大体想像つくけどね」


 桜瀬は肩をすくめながら、呆れたようにため息を吐いた。それを見た推川ちゃんも、「あはは」と苦笑いをこぼしている。


「愛梨ちゃんって顔に出るからねー。まあその話は一旦置いておくとして──今から温泉街を散策にしに行きまーす。ちょっと寒いかもしれないけどね」


 なるほど。浴衣姿で温泉街を散策するのか。推川ちゃんの言う通りちょっとだけ寒いかもしれないが、浴衣を着て温泉街を歩くのはちょっとだけ憧れる。

 推川ちゃんに着いて行く形で、俺たちは雪の降る温泉街に出たのだった。


 ☆


 温泉街には飲食店やアクティビティが楽しめるお店がずらっと並んでいた。その中のコーヒー屋で購入した温かいコーヒーを片手に、温泉街を散策することになった。ちなみにこのコーヒーは、推川ちゃんが奢ってくれたのだ。


「あ、射的ありますよ!」


 俺の隣を歩いていた逢坂が、道の左手にあった射的の屋台を指さした。様々な景品が棚に並んでいて、手前の台の上には射的銃が置いてある。


「射的の屋台も出てるんだな。お祭りみたいだ」


「やって行きましょうよ!」


「いいぞ、やってみようか」


 俺と逢坂が足を止めると、後ろを歩いていた三人も足を止めた。


「逢坂が射的やりたいんだって」


「おー、いいじゃんいいじゃん。みんなでやろ」


「いいね。ちょっとやってこうか」


 桜瀬と推川ちゃんも乗ってくれたが、瑠愛はキョトンとした顔をしている。


「瑠愛はどうだ?」


「射的ってなに」


 何となく予想はしていたが、やっぱり瑠愛は射的を知らなかったか。


「射的ってのはね、あそこに置いてある景品を銃で落とすゲームだよ。それで落とした景品を貰えるの」


「面白そう。やってみたい」


 桜瀬が射的の屋台を指さしながら言うと、瑠愛は目をキラキラと輝かせた。

 五人で射的の屋台に訪れると、坊主頭にハチマキを巻いた店主が「らっしゃい!」と元気に出迎えてくれた。

 射的は六発で三百円なので五人で千五百円となるが、ここも推川ちゃんが出してくれた。皆で感謝をしつつ、銃を構える。


「よっし、わたしの腕前を見せてやりますよ」


 隣で銃を構える逢坂は、両手で銃を持ちながら腕を伸ばした。


「何を狙うんだ?」


「ここは確実に行きたいのでお菓子──と言いたいところですけど、わたしはチャレンジャーなのであのテディベアを狙います」


 逢坂が言っているのは、棚の一番上に置いてある二十センチくらいの大きさのテディベアだ。サンタの帽子や服装を身に付けているので、今日という日にピッタリである。


「あれかー。じゃあ俺もあれを狙ってみるか」


「お! 二人で協力プレイですね! やってやりましょう!」


 逢坂は笑顔でこちらに手の平を向けた。ハイタッチをしようとのことだろう。彼女とハイタッチをしてから、俺も銃を構える。

 隣では桜瀬と瑠愛がはしゃぎながら銃を打ち始めていて、推川ちゃんはそれを笑顔で眺めながら確実に取れそうなお菓子を狙っている。

 皆それぞれに楽しんでいるようで良かった。そんなことを思っていると、逢坂の銃がバンと音を鳴らした。しかし弾はテディベアには当たらず、横を通りすぎた。


「わぁ……動く動かない以前に当てられないとは……」


 逢坂は顔をムッとさせて、もう一度銃口に弾を取り付けた。


「今度こそは……」


 片目をつむって狙いを定めると、逢坂の銃口から弾が放たれる。今度はテディベアの腹に当たったが、ちょっとだけ後ろにずれただけだった。


「あーもう。当たってもそれしか動かないんですか。それなら……っと」


 逢坂は悔しそうに唇を尖らせながら、弾を詰め替えて台の上に前のめりになると、腕を精一杯まで伸ばして景品に銃口を近づけた。それと同時にお尻を突き出す形となり、浴衣の上からでもヒップのラインがくっきりと露わになった。

 思わず生唾を飲み込んでしまう。これは優しく注意してあげるべきなのだろうか……いやいや、お尻の形が露わになっていることを、どうやって教えたら良いのだろう。それが分からないので、見て見ぬふりをすることに決めた。


「あー、またダメだあああ。どうして動かないのかなあ」


 ぶーぶーと文句を言いながらも、逢坂は次々と弾を打っていく。そしてついに残りの弾数が無くなってしまい、俺の袖を引っ張った。


「もうあとは湊先輩に任せます。パイセン、頑張って下さい」


「おう、任せとけ」


 綺麗なヒップラインを見せてくれたお礼に、俺も頑張らなくては。逢坂と場所を入れ替わり、銃に弾を入れて狙いを定める。


「こういうのはな、回転させるのが得策だと思うんだ」


「回転ですか?」


「ああ、まあ見とけって」


 そう言ってから引き金を引くと、テディベアの右半身に弾が当たり、体が斜めになった。


「あとはこの容量で右を狙い続ければ、落ちてくれるはず」


「たしかに! なんでもっと早く教えてくれなかったんですか!」


「だって逢坂、狙ってもそこに当たらないだろ」


「それは……たしかに……」


 おずおずとだが納得してくれた逢坂。

 そんな彼女に見られながら、テディベアの右半身に何度も弾を打ち込んでいく。そうしている内に、俺の残り弾数も残り一発を迎えた。


「これで、全ての運命が決まる」


「めっちゃかっこつけてますね……でも頑張って下さい! わたしの仇を!」


「ああ、絶対に仇を取ってやるからな」


 そう言って息を整えてから、銃を構える。

 逢坂に見守られながら、俺は引き金を引いた。

 銃口から出てきた弾はテディベアの右肩に直撃して、その勢いでくるりと反転すると、棚から落ちて行った。

 店主のおじさんがカランカランとベルを鳴らす。そのおじさんは後ろに落ちたテディベアを拾うと、「おめでとう!」と言って俺に手渡した。


「ほら逢坂。俺からのクリスマスプレゼントだ」


 受け取ったテディベアを逢坂に手渡すと、彼女は目を大きく見開いた。


「え、いいんですか! 貰っちゃって!」


「ああ、俺がテディベアを飾るのもおかしいだろ。あとそれを取れたのも、逢坂がちょっとズラしててくれたからだしな」


 照れ隠しで色々な理由を付けていると、逢坂はテディベアを胸に押し付けるようにしてギュッと抱きしめた。


「ありがとうございます! ずっと大切にします!」


 逢坂はニッと歯を見せて笑った。俺は照れて人差し指で頬を掻きながら、「おう、大切にしてくれ」とだけ口にした。


「あー、瑠愛の彼氏が他の女とイチャイチャしてるー」


 近くで見ていた桜瀬がからかうように言うと、瑠愛は無表情のまま頬を膨らませた。


「湊、私のも取って」


「あ、はい、もちろんです」


 やっぱり彼女には頭が上がらないなと思いながら、今度は瑠愛の欲しがっている大きなふ菓子を狙うこととなった。もちろん推川ちゃんにお金を出させるわけにはいかないので自腹である。

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