死因は尊死
今日はクリスマスイブ。そんな日に、屋上登校をしている四人は推川ちゃんに温泉旅行へと連れて行ってもらうのだ。
推川ちゃんの車に揺られること二時間程で、宿泊する温泉宿に到着した。部屋割りは俺と瑠愛が同じ部屋、桜瀬と逢坂が同じ部屋、そして推川ちゃんが一人部屋だ。
桜瀬たちと別れて、瑠愛と一緒に宿泊する部屋へと訪れた。
「うわ、めちゃくちゃ綺麗だな……」
鍵を開けて扉をくぐると、そこには雪が降っている空を眺めることが出来る大きな窓がある和室が広がっていた。部屋の真ん中にはお菓子が乗っているローテーブルがあり、二つの座布団が敷かれていた。
部屋の大きさはウチよりも少し大きいくらいだが、ベッドがない分より広く見える。
「空、綺麗」
靴を脱いだ瑠愛は小走りで部屋の中に入っていくと、窓の側にあるフカフカの椅子に腰を下ろした。
そんな瑠愛を追うようにして部屋に入り、持ってきたキャリーケースを部屋の端に置いてから、瑠愛と向かい合わせになっている椅子に腰掛ける。フカフカ過ぎてこのまま眠れそうだ。
「旅館に来ても空なのか」
「うん、ホワイトクリスマス」
「たしかに今日はちょっとだけ特別だな」
そう言えば去年は雪が降ることはなかったので、久しぶりに雪が降っているのを見た気がする。しかもそれがホワイトクリスマスなんて、ちょっとだけツイてるのかもしれない。
でも俺の視線の先にあるのは雪降る空ではなく、それに見惚れている瑠愛の姿である。口をポカンと開いて空を見ている彼女の銀髪が、白い空を反射させてとても美しい。
「瑠愛って、めっちゃ可愛いよな」
口からは無意識の内にそんな言葉がこぼれ落ちたが、それを誤魔化そうとはしなかった。これくらいで照れてしまうような間柄でもない。
瑠愛は窓から視線を外してこちらを見ると、キョトンとした顔を浮かべた。
「そう?」
「うん。少なくとも俺が見てきた生き物の中で一番可愛い」
「うさぎより?」
どうしてそこでうさぎが出て来たのだろう。瑠愛は可愛いと言われて、真っ先にうさぎが思いつくのだろうか。
「うさぎよりも可愛いと思うぞ。ちょっとうさぎの真似してみてくれ」
唐突にそんなリクエストをしてみる。しかしそういった無茶ぶりにも答えてくれるのが瑠愛という生き物だ。瑠愛は両手を頭に乗せてうさぎの耳を作ると、上目遣いをこちらに向けた。
「ぴょんぴょん?」
決してうさぎの口からは出ないような鳴き声だったが、オノマトペ的には合っているのだろう。しかしそれどころじゃない。うさぎの真似をする瑠愛の破壊力は、尋常ではなかった。
「うっ……」
あまりの尊さに心臓発作を起こしそうになり、椅子から崩れ落ちて床に四つん這いになる。
「瑠愛……俺は死ぬのかもしれん……」
「死因は?」
「尊死」
「尊死……まだ死んじゃイヤ」
なんて嬉しいことを言ってくれるのだ……さらに尊さが増して本当に死んでしまいそうだ。
これ以上瑠愛を心配させるのも可哀想なので、「冗談冗談」と言いながら椅子に座り直す。すると目の前に座る瑠愛は、頬をぷくっと膨らませていた。
「冗談でも死ぬなんて言わないで」
「あ、はい、すいません」
「心配した」
瑠愛はそう言うと、腕を広げて俺の首元に抱き着いた。膝の上に瑠愛が乗る形となり、彼女のお尻を膝で感じる。幸せだ。
「ごめんごめん。俺はまだ死なないから」
「まだじゃイヤ。一生死なないで」
「そんな無茶な」
「無茶じゃない」
瑠愛は首元に腕を回したまま顔だけを離すと、「うー」と唸りながら恨めしそうな表情を浮かべた。ご立腹とまではいかないが、これはちょっとだけ怒っている時の表情だ。
「ええと……どうしたら許して貰えるんでしょうか……もちろん一生死なない以外で」
「チューしてくれたら許す」
「それくらいなら、いくらでも」
「じゃあ十回」
「十回か」
「イヤ?」
「嫌じゃない。むしろありがたいくらいだ」
お互いに甘ったるい言葉を交わし終えたところで、肌に視線を感じて動きを止めた。その視線には瑠愛も気が付いたらしく、二人同時にドアの方を振り向いた。するとそこには、顔を真っ赤にさせた浴衣姿の逢坂が立っていた。すごい既視感だ。
「えーっと……わたしもキスしたら許してくれますかね……なんつって」
全く余裕が無さそうな顔色をしているが、言動だけは余裕たっぷりだ。
瑠愛とイチャイチャしてるところを二回も見られているので、もう慣れてしまった。
俺は逢坂に向かって手招きをする。
「よし、いいぞ。逢坂も混ざるか」
「私も愛梨ならいいよ」
瑠愛も俺を真似て手招きをしたところで、逢坂の顔はさらに真っ赤に茹で上がった。まるでサクランボのようだ。
「す、すすす、すいませんでした! 浴衣を着てロビーに集合するように湊先輩と瑠愛先輩に伝えてくれって推川ちゃんに言われたから来ただけなんです! 十分後にロビーに集合です! 確かに伝えましたよ! それじゃあわたしはここで失礼します! ごちそ……お邪魔しました!」
逢坂はマシンガンのような早口でそれだけを伝えると、何度もペコペコと頭を下げてからバタバタと部屋から出て行ってしまった。
嵐のような光景だったなと思いながら、瑠愛と目を合わせる。首に腕を回されているので、顔の距離はかなり近い。これはどんな勘違いをされても、言い逃れ出来ないだろう。
「そんじゃあ……用意するか」
「うん、する」
こくりと頷いた瑠愛の頭を撫でてやると、彼女は気持ちよさそうに目を細めて微笑んだ。このまま抱き寄せてやりたくなったが、そうしてしまうと推川ちゃん達を待たせることになってしまうので、尊さで埋め尽くされた心に鞭を打って立ち上がった。
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