嫌われるかと思った
ケーキバイキングに行ったあと桜瀬と逢坂を駅まで送り届けてから、俺と瑠愛は腕組みをしながら帰路に就いた。
空は暗くなりつつあり、道には下校中の中学生や高校生の姿が見受けられる。
「はー、昼飯にケーキは初めてだったなあ」
「湊、途中から辛そうだった。紅茶しか飲んでなかったし」
「バレてたか……さすがに瑠愛たちみたいにバイキング二周目は出来なかったわ」
「甘いの苦手?」
「苦手ではないんだが、ケーキは三角形のやつを一つで満足かな」
「カットケーキ美味しいよね。今度家でも食べよ?」
「ちょっと今はケーキのこと考えられないんだが……もちろんオーケーだ」
「やった」
隣を歩く瑠愛は頬を緩ませてこちらを向いた。ケーキを食べている時とは違う、幸せそうな笑みだ。
「ケーキで思い出したんだけどさ、瑠愛の誕生日ってもうすぐだよな」
「うん。十一月の十一日」
「何か欲しい物とかあるか?」
「湊」
「俺はもう瑠愛のものだぞ」
「いつの間に」
驚いたように目を開いた瑠愛を見て、思わず笑みがこぼれた。それを見た瑠愛も、目を細めて笑ってくれた。
「じゃあ、欲しい物ない」
「それが中々困るんだよなー」
「湊が一緒に居てくれれば、それでいい」
「これからもずっと一緒に居るけどな?」
こうなってしまった以上は、瑠愛への誕生日プレゼントは俺のセンスで選ばなければならない。一昨年はマフラーを、去年は手袋を買ってあげたので、今年も冬にちなんだ物がいいだろう。
そんなことを考えていると──。
「あのー、すいません」
前に立っていた老夫婦のおじいさんから呼び止められた。おばあさんの方は杖をついていて、申し訳なさそうな顔をしている。
それと同時に、腕がギュッと締めつけられた。瑠愛が組んでいる腕に力を入れているのだ。そんな瑠愛は腕を組んだまま、俺の背後に隠れるようにして立った。
「えっと、どうしました?」
「駅へと向かうバスに乗りたいんじゃが、ここのバス停であってるのかと思って……」
「ああ、そんなことでしたか」
そう言ってバス停の看板を見てみると、どうやらここのバス停で間違いないことが分かった。
「ここのバス停で間違いないですよ。次に来るバスは十六時半なので──あと五分も待てば来ると思います」
老夫婦に笑顔を作って答えると、二人はペコペコと頭を下げた。
「いやはや、呼び止めてすまなかったね。本当に助かった。ありがとう」とおじいさんが。
「デート中にごめんなさいねぇ。デート楽しんでね」とおばあさんが言った。
「いえいえ、どうってことないですよ。それじゃあ僕らは失礼します」
老夫婦から笑顔を向けられながら、軽く会釈をしてその場から立ち去る。そこでようやく、瑠愛は腕の力を弱めた。
「前から思ってたけど、知らない人は苦手なのか?」
おじいさんに話し掛けられた瞬間に腕に力が入り、俺の背中に隠れてしまったところを見ると、知らない人が苦手なのだろうことは伝わってくる。
隣を歩く瑠愛は視線を下に落として何かを考えてから、こちらに顔を向けた。その表情は今までに見せたことがないような、不安そうな表情だった。
「湊、私が保健室登校を始めた理由知らないよね?」
質問に質問で返されて戸惑いながらも、「まあ、そうだな」と頷いてみせた。
瑠愛が保健室登校を初めた理由は今まで気になってはいたが、聞いていいことかも分からないので、ずっと聞かないでおいたのだ。まさかこんなタイミングで瑠愛の口からその話題が出てくるなんて思っても居なかったので、ちょっとだけ身構えてしまう。
「これを聞いても嫌いにならないなら、教える」
おずおずと言葉にする瑠愛は、未だ不安そうな表情のままだ。
「絶対に嫌いにならない。それは誓える」
絶対に嫌いになんてならない。だってこんなにも好きなんだから。瑠愛の過去を知ったくらいでは、嫌いになんてなれるはずがなかった。
「じゃあ、教えるね」
瑠愛は小さく深呼吸をしてから、前を向いて話し始めた。
「私、人間が苦手。もっと詳しく言うと、知らない人が苦手」
「それは……人見知りとかじゃなくて?」
「うーん、苦手っていうか、もっと強い拒絶みたいなもの」
それは知らない人が嫌いということなのだろうか。苦手よりももっと強い拒絶と言われても、あまりピンと来ない。
「それはずっと前からなのか?」
「うん、初めて気が付いたのは小学生に上がった初登校の日。私は髪が銀髪で目立つから、クラスメイトの子が沢山話し掛けて来たの。その時にね、頭の中がグラグラして目が回って、その場で吐いちゃったの」
「……そんなことがあったんだな」
知らない人が苦手と言うから、もっと人見知りに近いものなのかと思っていたが、予想していたよりも重症なのかもしれない。
「そう。それから知らない人が沢山居る空間に居られなくなっちゃって、小学校でも中学校でも高校でもずっと保健室登校してたの」
「そうだったんだな……」
瑠愛は高校に入学してすぐ保健室登校を始めたのは知っていたが、まさか小学生の時から保健室登校をしているとは思っても居なかった。
「それが私が保健室登校を始めた理由」
瑠愛はそう言うと、俺の顔を覗き込んだ。
「……引いた?」
不安そうな表情のまま、たった三文字で尋ねた。
瑠愛の中では、小学生の時からずっと保健室登校をして来たことや人が苦手ということを、俺に嫌われるのではないかと思って言えなかったのだ。
どうしてもっと早くに気付いてあげられなかったのかと自分を恨みながらも、笑顔を作って瑠愛の頭を撫でる。
「バカ、それくらいで嫌いになるわけないだろ。むしろ言ってくれてありがとうな」
やっぱり嫌いになるなんてことはなかった。むしろ知らない瑠愛のことが知れて、もっと好きになったところだ。
瑠愛は目を大きくさせて驚くと、その場で立ち止まり俺の胸に飛び込んで来た。
「湊、本当に大好き」
胸に顔を擦り付けながら、声を振り絞ってくれる。それが心の底からの本心ということは、ひしひしと伝わってくる。
「これくらいで嫌いになれるわけがないんだよなあ……」
道のど真ん中で瑠愛に抱き着かれながら、彼女の頭を撫で続ける。傍から見れば変な光景であることに違いないが、今くらいは気が済むまで抱き着かせてやろう。
「そう言えば、俺と瑠愛が初めて出会った時はそんな拒絶反応は見せなかったよな?」
「湊はなぜか大丈夫だったの。だから紬も驚いてた」
「そう言えば驚いてたなー。あの時はどうして驚いてるのか分からなかったけど……そういうことだったのか」
俺は初めましてでも大丈夫だったのか。なんか、ちょっとした運命を感じてしまう。
すると瑠愛の抱き着く力が強まり、程よい強さで体が締めつけられる。
「湊……ありがと……」
特に感謝されるようなことをした覚えはないが、瑠愛の頭を優しく撫でながら「こちらこそ」とだけ口にした。
それからも瑠愛は人目を気にせずに抱き着いていて、すっかり甘えん坊モードになった彼女を引きずるようにして家に帰った。
この日の出来事があり、俺はさらに瑠愛を好きになれたし、瑠愛はさらに俺のことを気に入ってくれたようだった。
――第十章 完――
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