死ぬまで仲良く

 鳳桜大学の合格が決まり、晴れ晴れとした気持ちで放課後を迎えた。

 今日は受験お疲れ様会ということで、ケーキバイキングが出来るお店にやって来た。もちろん俺の案ではなく、女子三人の案である。


「一回来てみたかったのよねー。ケーキバイキング」


 ケーキの乗ったお皿を片手にトングを持ちながら、桜瀬は目の前に広がるケーキの海からチョコケーキを抜き取った。

 目の前にあるテーブルには様々な種類のケーキが並んでいて、目に入ってくる全てがカラフルだ。

 違うケーキコーナーを見ている瑠愛と逢坂は、二人ではしゃぎながらケーキを選んでいるようだ。


「ケーキバイキングなんて初めて知ったなー。これ全部食べ放題ってやばいな」


「だよね。天国みたいな場所よ」


「天国か。俺は見てるだけでも胸焼けしそうだけどな」


「大丈夫大丈夫。胸焼けしてからが本番じゃん」


「ええ……」


 なかなか鬼畜なことを言う桜瀬の表情は、冗談を言っているようには見えなかった。彼女は胸焼けをしてでも、無数にあるケーキを全種類食べ尽くすのだろう。


「今日は大学に合格したお祝いよ? 我慢なんてしないんだから」


「……好きなだけ食べてくれ」


「言われなくてもそうしまーす」


 桜瀬は笑顔でそう言うと、トングでオレンジ色のケーキを掴んで皿に乗せた。そんな彼女を見て、楽しそうで何よりと心の中で呟いてから、俺もピンク色のケーキを掴んで皿に乗せた。


 ☆


 四人は色とりどりのケーキが乗ったお皿を前に、「いただきます」と言ってからケーキを口にする。


「んー! やっぱりケーキは美味しいです〜」


 逢坂は頬を抑えながら、幸せそうな顔をしている。それは逢坂の隣に座る桜瀬も同じようで、二人とも恍惚とした表情を作っている。

 俺の隣に座っている瑠愛も、脇目も振らずにケーキを食べている。

 やはり女子という生き物は甘い物が大好きなようだ。


「愛梨ちゃんの食べっぷりいいねー。あれ、愛梨ちゃんのお皿にタルト系乗ってなくない?」


「えっ、タルト系なんてあったんですか?」


「あったあった! 色んなケーキが乗ってるテーブルあるでしょ? その後ろ側にタルトとかカップケーキが置いてあったよ」


「ええー! 全然気付かなかったです! 瑠愛先輩、これ食べ終わったら行きましょ」


 お皿いっぱいに乗っているケーキを食べながら顔を上げた瑠愛は、ハムスターのように頬を膨らませながらちょこんと頷いた。

 それからも四人はお喋りをしながら、次々とケーキを食べ続けた。


「でもそっかー。こうやって放課後遊びに行ったり出来るのもあと五ヶ月しかないんだねー」


 ひょんなことからそんな話題になり、桜瀬は感慨深そうに呟いた。

 十月ももうすぐで終わってしまう。となると十一月から来年の三月までの五ヶ月間しか高校にいられないのだ。


「そう思うと寂しいなー」


「ずっとこのまま高校生なのかと思ってた」


 俺と瑠愛も桜瀬に続くと、今まで幸せそうにケーキを食べていた逢坂が食べる手を止めた。


「一番寂しいのはわたしですよ」


 ポツリと呟かれた言葉に、三年生の三人は逢坂の顔を見た。すると逢坂は我に返ったかのように肩をピクリとさせると、顔の前で手をブンブンと振った。


「ご、ごめんなさい! 先輩に文句があるとかじゃなくて……えっと、えっと」


 あたふたとしている逢坂は、何かを言おうとして口を閉じた。ちょっとだけ拗ねたような表情をしながら、自分の手元に視線を向けている。


「わたし、今年度が始まってからずっと数えてたんですよ。先輩たちとあとどれくらい居れるのかって。最初は十二ヶ月あったのに、どんどんと減っていって、今では一年の半分を切っちゃいました。残り半年も一緒に居られないのかって思うと、寂しくて──それで変なこと言っちゃいました……すいません」


 最後の「すいません」だけは、拗ねているようなムッとした声だった。

 瑠愛と桜瀬と同じ大学に進学出来る俺でも卒業は寂しいのに、一人で高校に残される逢坂はもっと寂しいのだろう。

 そんな彼女に掛ける言葉が見つからないで居ると、桜瀬が逢坂の頭を優しく撫でた。


「うん、あと五ヶ月しか一緒に居られないね。だけどその五ヶ月でいっぱい思い出作ろうよ。推川ちゃんが温泉旅行に連れて行ってくれるし、アタシたちも受験終わったから放課後だって休日だっていっぱい遊べるから……ね?」


 桜瀬が優しい口調で諭すと、逢坂は下を向きながらもこくりと頷いた。


「高校は卒業するけど、離れ離れになるわけじゃないよ」


 そんな二人に目を奪われていると、隣に座る瑠愛がそんなことを言った。桜瀬と逢坂の視線が、瑠愛へと集まる。


「私は大学に入学しても愛梨が大好き。だから愛梨も同じ気持ちで居てくれるなら、卒業しても何回でも会える」


 あまりらしくないことを言い終えた瑠愛は、ケーキにフォークを刺して口の中に放り込んだ。またもハムスターのように口をモグモグとさせ始めた。これ以上は喋らないというアピールだろうか。

 桜瀬に頭を撫でられている逢坂はそれを聞くと、ゆっくりと柔らかな笑みを作った。


「そう……ですね。そうですよ! 死ぬわけじゃないんだし、卒業しても会えますよね! あはは、わたしったら何か勘違いしていました」


 ペコペコと頭を下げる逢坂は、どこかスッキリした顔を浮かべている。いつも通りの逢坂に戻ってくれたようだ。


「まだまだ仲良しで居ようね、愛梨ちゃん」


「私も仲良くして。死ぬまで」


「あ、ついでに俺も」


 三年生の三人が逢坂に向かって言うと、彼女は言葉にならない声を発したあと、目を細めてくすぐったそうに微笑んだ。


「はい! これからもずっと、何があっても仲良くさせて頂きます! 覚悟してくださいね! 先輩!」


 すっかり表情を明るくさせた逢坂を見てホッとしながら、俺たちはケーキを食べる手を動かし始めた。


 それから女子の三人はケーキをおかわりしに向かったのだが、俺は紅茶のドリンクバーを往復して甘ったるい口の中を整えることに精一杯だった。

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