受験の結果は

 十月二十六日の水曜日。今日は受験結果が分かる日だ。

 合否が分かるのは十時過ぎからなので、二限目の時間には分かるだろう。


 屋上のテントにて、一限目はソワソワとした気持ちのまま過ごし、二限目開始のチャイムが鳴り響いた。それと同時に推川ちゃんが結果を聞きにテントへとやって来た。

 五人のテントでの過ごし方はそれぞれで、俺と桜瀬と推川ちゃんはソワソワとしながらスマホ画面に釘付けとなり、瑠愛と逢坂はリラックスしながら他愛もない話をしている。


「あああああ、胃がキリキリするー」


 桜瀬はスマホを片手に持ち、顔を引き攣らせながらお腹をさすっている。


「あー、早く結果出てくれー」


 そんな桜瀬を見て、俺の方まで胃がキリキリと痛んでくる。

 桜瀬と二人で「あー」とネガティブな声を漏らしている横では、瑠愛と逢坂がネイルの話をしていた。


「これ見てくださいよー。せっかく綺麗に出来たネイルが禿げてきちゃってー」


「ネイルって自分でやるの?」


「はい! ネイル歴五年目なので!」


「五年目って言うと、中学一年生の時から?」


「そです! 瑠愛先輩も今度やってみます?」


「何色が合うかな?」


「わたしの性癖には黒とか刺さります」


「じゃあそれがいい。今度やってもらっていい?」


「はい! もちろんです!」


 二人の平常運転な会話を聞いていると、少しずつ冷静さを取り戻すことが出来る気がする。気がするだけだが。


「あ、出た!」


 桜瀬が大声を上げると、瑠愛と逢坂が飛んで来た。推川ちゃんはスマホを見ようとはせずに、手を組んで祈っている。


「受かってますように……」


 俺も最後の悪あがきとして、柄にもなく天に祈ってみた。スマホの画面をスクロールして、鳳桜大学の『総合型選抜 文学部 合格者発表』という欄をタップする。すると合格者の受験番号が一覧になって表示された。


「俺の受験番号って94だよな?」


「うん。それで私が95」


 それを確認してから、自分たちの受験番号を探す。

 受験者は全部で百五十名程度。その中から何人取られるかは分からないが、スクロールしていくと意外と合格している人が少ない印象を受ける──そこまで考えていたところで、90番台に突入した。と言っても90番台で合格している人は二名しか居ない。94番と95番だ。


「っおっしゃああああ! 瑠愛、俺たち受かってるぞ! 一緒の大学に行ける!」


 喜びを声にしながら腕を広げると、瑠愛が勢いよく胸に飛び込んで来た。


「うん、嬉しい」


 抱き着く彼女の頭をポンポンと撫でる。


「おめでとうございます! 湊先輩! 瑠愛先輩!」


 笑顔で拍手をしてくれる逢坂は、何故か目をうるうるとさせて喜んでいる。その横に座る推川ちゃんは、こちらに手を差し出した。握手をしろということだろう。


「おめでとう佐野くん、柊ちゃん。これで残りの高校生活は安泰だね」


 推川ちゃんは自分のことかのように、嬉しそうな表情をしている。そんな彼女の手を握って握手をする。


「ありがとう推川ちゃん。受験では色々とお世話になりました」


 推川ちゃんには受験関連で色々と動いて貰ったので、感謝の言葉を述べてから手を離す。続いて瑠愛は俺から離れると、推川ちゃんと握手をした。


「私もお世話になりました」


「全然いいのよ。これで大学に行っても佐野くんに甘えられるわね」


「うん、いっぱい甘える」


 瑠愛と推川ちゃんの握手が終わりテント内が静かになると、全員で思い出したかのように桜瀬の方を向いた。そこには身をプルプルとさせている桜瀬の姿があった。


「お、おい……桜瀬はどうだったんだ……?」


 桜瀬の結果を聞かずにはしゃいでしまった……。もしも桜瀬だけが落ちていたら、ずいぶんと悪いことをしてしまっていたのではなかろうか──そう思ったのだが。


「ご……ご……合格してたあああ!」


 今にでも泣いてしまいそうな顔を上げた桜瀬に、誰よりも早く瑠愛が抱き着いた。


「紬も一緒の大学。嬉しい」


「うんうん、嬉しいね。これから四年も一緒に居られるね」


 スマホを床に落としてまで、桜瀬は瑠愛と熱い抱擁を交わしている。


「おめでとう紬ちゃん。受験勉強から面接練習まで頑張ったね」


 笑顔の推川ちゃんは、桜瀬に手を差し出した。


「辛かったぁ。遊べないのすごい辛かったよぉ」


 涙は出ていないが鼻声になっている桜瀬は、推川ちゃんに差し出されていた手を握って握手をした。


「ははは、でもこれからは思う存分遊べるからね」


「うん、またみんなで旅行行きたい!」


「いいねー。三人の合格祝いってことで私からは温泉旅行をプレゼントしてあげようかな。もちろん愛梨ちゃんの分も含めてね」


 その推川ちゃんの言葉に、生徒の四人は歓喜の声を上げた。


「え! わたしも奢ってくれるんですか!」


 自分のことを指さしている逢坂は、驚きの声を上げた。桜瀬との握手を終えた推川ちゃんは、「もちろん」と笑顔を作りながら頷いた。


「だって愛梨ちゃん、仲のいい先輩たちが受験勉強だからって、ずっと遊ぶの我慢してたもの。それに三年生のみんなが学校で勉強してる時も、気が散らないようにって愛梨ちゃんも勉強してたじゃない」


「それは当たり前じゃないですか! わたしだけ遊ぶワケには行きませんよ」


「そういうところも全部含めていい子にしてたからね。ご褒美あげなくちゃって思ってたのよ」


 それを聞いた逢坂は表情を明るくさせると、大きくバンザイをした。


「やったー! 遊ぶの我慢した甲斐があったー! これで沢山先輩たちと遊べるぞー!」


 今まで我慢していたものを体外に放出するかのように、逢坂は喜びの声を上げている。それを見た三年生組は、顔を合わせて笑みを見せあった。

 貴重な二年生の夏休みに遊んでやれなかった申し訳なさもあるので、冬休みはこれでもかってくらい遊び尽くそうと心に誓った。


「それじゃあみんなの良い結果を聞けたことだし、私は保健室に戻ろうかな。佐野くん、柊ちゃん、紬ちゃん、本当に合格おめでとう! 温泉旅行楽しみにしててね!」


 皆が「はい!」と返事をすると、推川ちゃんは笑顔でテントから出て行った。


 試験の手応えがなかった俺と桜瀬だったが、無事に三人とも合格出来ていた。高校の三年間だけでなく、大学の四年間も近くに居られる。

 そのことに心から喜んでいる自分が居ることに気が付いて、ここに居る三人は一生大切にしなければならない存在だということを、改めて気付かせてくれる機会となった。

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