待ちに待った大学受験

 勉強……勉強……勉強……と、勉強をするだけの日々は過ぎて行った。


 前期の授業が終わり、気が付けば夏休みも終わっていた。今年の夏休みは旅行などには行けなかったので、まだ二年生の逢坂には寂しい思いをさせてしまっただろう。それでも逢坂は「受験勉強頑張ってください!」と応援してくれていた。


 そんな日々も今日で終われるはず。

 今日は十月十五日の土曜日。待ちに待った受験本番の日。ここで合格することが出来れば、残りの高校生活を謳歌することが出来る。

 そのためにも今日は、今までの勉強の成果を存分に発揮しなければ……。


 制服に身を包んだ俺と瑠愛と桜瀬の三人は、鳳桜大学の正門前に立っていた。周囲には受験生らしき人達の姿がポツポツと確認できる。


「じゃあここで一旦バイバイだね。アタシは教育学部だからあっち」


 桜瀬は落ち着いた口調で言うと、キャンパスの奥を指さした。そこには、『教育学部 総合型選抜はこちら』と書かれた立て看板が設置されている。


「学部によって試験受ける場所が違うんだな」


 そこでキョロキョロと辺りを見回してみると、『文学部 総合型選抜はこちら』と書かれた立て看板も見つかった。桜瀬が受験する教育学部とは違う場所にあるようだ。


「紬、頑張って。同じ大学行こ」


 俺の隣に立っている瑠愛がポツリと言うと、桜瀬は嬉しそうに微笑んだ。


「えー、瑠愛がそんなこと言ってくれるなんて珍しいじゃない」


「ん、思ったこと言っただけ」


「余計に嬉しいじゃーん。アタシも頑張るから瑠愛も頑張りなよ」


「うん、頑張る」


 瑠愛がこくりと頷いたのを見て、桜瀬もすっきりとした表情で頷いた。


「よし、じゃあアタシはそろそろ行くね。あ、受験終わったらどこかのカフェで待ち合わせしない?」


「いいね。多分俺たちの方が先に試験終わるから、どっかいい所探しておくわ。お店の場所は後で送っておく」


「おーけー。その時には笑顔で再開出来るといいね」


「そうだな。ついでにいい報告も聞けるように祈っておくよ」


 俺と桜瀬は顔を合わせて笑顔を向け合い、どちらからともなく手をヒラヒラと振った。


「それじゃ、頑張ろうな」


「そうだね、湊と瑠愛も頑張って」


「頑張る」


 三人で顔を合わせたあと、桜瀬は手を振りながら受験会場へと向かって行った。彼女の背中が見えなくなり、俺と瑠愛も並んで受験会場へと歩き出した。十月の冷たい風が、俺たちの背中を押してくれるようだった。


 ☆


 英語と国語のテストを九十分ずつ行ったのち、作文のテストを一時間行って、鳳桜大学文学部の総合型選抜は終わりを告げた。

 鳳桜大学を後にして、大学の最寄り駅近くにあるカフェに入った。昼時ということもあってか、カフェの中にはそこそこ人の数が見られた。

 俺はコーヒーを、瑠愛はココアを飲みながらテストの振り返りをして、桜瀬が合流するのを待つ。


「英語の長文、めっちゃ難しくなかったか?」


「そう? 二問あったけどどっち?」


「どっちも難しかったけど、二つ目が難しかったかな。三兄弟の三男が猫を貰ってどうちゃらって話」


「あれ、『長靴をはいた猫』の英語版だよ」


「えっ、まじ?」


「まじ」


 じゃあ『長靴をはいた猫』を知っていれば、難易度がグッと下がったわけか。大学受験には色々な知識が必要なんだな。


「瑠愛は分かったのか?」


「うん、いつも通り出来た」


「やっぱり頭いいんだなー。ちなみに最初の長文はどうだった? あの棒グラフが三つくらい出てくるやつ」


「それも問題ない」


「ほえ〜。瑠愛は受かったみたいだな」


「それはまだ分からない」


 二人でテストの振り返りに花を咲かせていると、カフェの扉がカランカランと音を立てて開いた。あのサイドテールは桜瀬で間違いない。桜瀬は俺たちを見つけると、こちらへと歩いてやって来た。その表情は苦虫を噛み潰したように歪んでいる。


「おう、お疲れさま」


「おつかれ、紬」


 俺たちが軽く挨拶をすると、桜瀬は「どうも」と言いながら瑠愛の隣に腰を下ろした。その瞬間に、桜瀬は「はああ」とため息をしながら、椅子に深く腰掛けた。


「その感じはあれか、何かやらかした感じか」


「そうなのよ……面接で何回も言葉詰まらせちゃって……テンパっちゃって……はぁ……」


 苦い表情をしている理由は面接だったのか。俺たちは面接がなかったので分からないが、大学受験の面接ともなると相当の緊張感があるのだろう。


「でもまだ分からない。テストの点数もあるから」


 瑠愛はフォローを入れながら桜瀬の頭を撫でた。普段は桜瀬が瑠愛の頭を撫でることが多いので、あまり見慣れない光景である。


「テストはあんまり問題なかったのよ。でも肝心の面接が……推川ちゃんにいっぱい練習手伝って貰ったのに……はぁ……」


「紬、そんなにため息吐いてたら幸運が逃げちゃう」


「そうね……ため息は吐かないようにしなくちゃ……はぁ……」


「言ってるそばから」


 桜瀬は受験の手応えで相当メンタルが参っているようだ。なんとか励ましてやりたいが、俺は面接を経験していないのでかける言葉が見つからない。


「まあ、結果が出るまでは分からないからな。面接がダメでもテストで受かってるかもしれないぞ」


「結果が出るのっていつだっけ?」


「再来週の水曜日だ」


「あああああ……長いよぉ……それまでずっとこのモヤモヤを抱えるのかぁ……」


「分かる。俺も英語でコケたから気持ちは分かるぞ」


 そう言ってみせると、桜瀬はこちらに上目遣いを向けた。


「ほ、ほんと?」


「ああ、ちょうどさっき瑠愛と話してたところだ。俺も胃が痛くて仕方がないけど、いくら後悔しても結果は変わらないからな」


 それっぽいことを言ってみると、彼女は次第に吹っ切れたような表情を作った。


「それもそうかもね。結果が出るまでは今日のこと忘れちゃお。ってことでアタシも飲み物頼もうっと。湊、メニュー取ってくれる?」


 俺のそれっぽい言葉で見事に回復した桜瀬は、いつもの調子でテーブル端に置いてあるメニューを指さした。


「はいはい」


 メニューを取って手渡すと、桜瀬は「ありがと」と笑顔を作った。そんな彼女を見て、俺も今日のことは忘れることにした。でも「努力が実りますように」と祈ることだけは、思い出した時にするようにしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る