ずっと見たかった笑顔

 ジェットコースターに乗ったあとも、フリーフォールやバイキングなど、遊園地にある絶叫系を乗り尽くした。

 今度はどんな絶叫に乗せられるのかとビクビクしていると、ヘトヘトになっている俺を心配した逢坂が観覧車を提案してくれた。


 逢坂の優しさに感謝をしながら、四人でゴンドラに乗り込む。俺と瑠愛が隣同士で座り、桜瀬と逢坂が隣同士に座っている。ちなみに俺と向かい合わせに座っているのは逢坂である。


「観覧車なんて久しぶりだなー。小学生の時以来かもしれない」


「わたしも小学生の時に乗ったのが最後かもしれないです。あんまり乗らなくなっちゃいますよねー」


「そうそう。だからちょっとだけ緊張してるんだよね」


 桜瀬と逢坂が楽しそうに会話をしているのを横目に、瑠愛は窓の外をじっと眺めていた。


「瑠愛先輩、何か見えます?」


 逢坂が問いかけると、瑠愛は窓から視線を離した。


「空が見える」


「瑠愛先輩、空好きですもんね。今日の空はどんな感じですか?」


「すごく綺麗」


「たしかに、綺麗な青空ですねぇ」


 逢坂がしみじみとした声で言うと、瑠愛はこくりと頷いた。そんな二人に釣られて、俺も窓の外を眺める。

 窓の外には青空が広がっていて、遠くには海だって見える。ちょっと下を見れば、遊園地内を見渡せるくらいの高さに居ることが分かる。

 フリーフォールのてっぺんから見た景色よりも綺麗に見えるのは、今から急降下する心配がないからだろう。


「ねえ湊、あれなに」


 絶叫マシンで失った体力を回復していると、瑠愛に袖を引っ張られた。


「どれだ?」


「あのコップみたいなやつ」


「ああ、コーヒーカップだな。たしかハンドルみたいなやつを回して遊ぶアトラクションだと思う」


「そうなんだ。次あれ乗りたい」


「おう、じゃあ次乗ろうか」


 次に乗るアトラクションはコーヒーカップに決まったようだ。窓の外から視線を戻すと、桜瀬と逢坂がニヤニヤとしながらこちらを見ていた。


「な、なんだよ……」


 嫌な予感がして身構えていると、桜瀬はこちらにスマホのレンズを向けた。


「いいカップルだなーって思ってね」


 桜瀬はそう言いながら、スマホのシャッターを切った。


「なんだか湊先輩と瑠愛先輩を見てると和みます〜。熟年夫婦というか、父親と娘というか……そんな感じがします」


 逢坂もニコニコとしながら、そんなことを言った。


「まあ、同棲生活も結構長いからなあ」


「そんなに続けられるのすごいです。そこらの高校生なら付き合って三ヶ月くらいで別れちゃうのが普通なのに」


「別に続けようって気はないぞ。ただ瑠愛と一緒に居たいだけだ」


 瑠愛の頭をポンポンと優しく叩くと、彼女は窓の外から視線を離してこちらを向いた。


「私もずっと一緒がいい」


 瑠愛の甘い声に、三人は「おぉ」と唸った。

 こうやって友達の前でそういうことを言ったり言われたりするのは、なかなか恥ずかしかったりもする。でもちゃんと言葉に出来て偉いと、瑠愛の頭を撫でる。


「あー、ついにこの狭い密室でもイチャつき始めましたよ。これは重罪ですよね、紬先輩」


「さすがにいい逃れ出来ないね。瑠愛は無罪にしてあげるけど、湊は極刑で」


「おい、なんで俺だけ殺すんだよ。そして瑠愛の罪が軽すぎて無罪にまでなってんじゃねえか」


「そりゃそうよ。瑠愛に悪気はないもの」


「俺にも悪気ありませんけど……」


「それでも極刑よ。ここから飛び降りなさい」


「えぇ……」


 目だけしか笑っていない笑みを浮かべながら、桜瀬は窓の外を指さした。もうゴンドラは頂上付近にまで上っているので、この高さから飛び降りたら確実に死んでしまう。

 そんな俺と桜瀬のしょうもない話を聞いて、逢坂は喉を鳴らして笑った。そんな逢坂を見て、俺と桜瀬も釣られて笑い出した。三人が笑い出すと、隣に座っていた瑠愛もキョトンとした顔をしたあとに、俺の顔を見て頬を緩めた。


「る、瑠愛が笑ってる!」


 瑠愛の笑みに真っ先に反応したのは桜瀬だった。桜瀬は有り得ない物を見るような目で、瑠愛の顔を触って確認した。それでも瑠愛の笑みは消えず、桜瀬は驚きで固まっている。


「瑠愛先輩、笑ってる顔すごく綺麗ですね。芸術を見てるみたいです」


 逢坂は瑠愛の笑みを見てそんな感想を述べた。たしかに瑠愛の笑顔は美しい。もしかしたら逢坂の言う通り、芸術レベルかもしれない。


「瑠愛……ほんとに笑えるようになってたのね……」


「うん、心が温かくなると、自然とほっぺが緩む」


 そう言いながらも笑みを浮かべ続ける瑠愛に、桜瀬は居ても立ってもいられないといった様子で、思い切り抱き着いた。瑠愛の笑顔を見たら、無性に抱き着いてやりたくなる気持ちも分かる。


「紬?」


 いきなり抱き着かれたことに驚いて、瑠愛はキョトンとした顔をしている。しかし桜瀬は瑠愛の首元に顔を埋めるばかりで、全く顔を離そうとはしない。


「紬、泣いてる」


 瑠愛はいつもの無表情に戻ると、桜瀬の背中を擦り始めた。そこでようやく、俺と逢坂も桜瀬が泣いていることに気が付いた。


「お、おい……なんで泣いてるんだよ」


 小刻みにふるふると震える桜瀬の背中に、俺と逢坂は釘付けにされる。


「瑠愛が……瑠愛がぁ……やっと笑ったって思ったら……嬉しくて……一年生の時からぁ……瑠愛が笑ってるところが見たかったからぁ……」


 スンスンと鼻を鳴らして泣いている桜瀬を見て、俺と逢坂は目を合わせてふっと笑った。見てるこっちまで心が温かくなる。このまま気が済むまで泣かせてあげよう。そう思っていると、桜瀬に泣きつかれている瑠愛はこちらに視線を向けた。


「これも、幸せ?」


 ちょこんと首を傾げた瑠愛に、俺は「ああ」と力強く頷いてみせた。


「これも幸せだな」


 それを聞いた瑠愛は「そう」と返事をすると、またも頬を緩めた。その表情はどこか嬉しそうだ。


「紬、ありがと」


 瑠愛がポツリと呟いたその言葉をきっかけに、桜瀬はわんわんと泣き始めてしまった。


 ゴンドラが一周するまでにはなんとか泣き止んだ桜瀬だったが、その後のアトラクションには目元を赤くさせたまま乗ることとなった。

 それでも桜瀬は終始楽しそうにしていて、瑠愛も何度か笑顔を見せていた。彼女たちに混ざって逢坂もはしゃいでいたので、今日は遊園地に来て良かったと心から思った。

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