第十章 これを言っても嫌われないかな
彼女の志望校
春休みも終わり、三年生に上がった。
今年の春休みはほとんどを受験勉強に費やした。英語と国語を重点的に勉強しながら、総合型選抜で必要となる作文の書き方も参考書を買って勉強を始めた。
鳳桜大学の総合型選抜は今年の十月。残り六ヶ月で本番を迎えることとなる。まだまだ時間はあるようでないことは分かっている。
残り六ヶ月……瑠愛と桜瀬と一緒の大学に行くためにも頑張らなくては。
出欠確認が終わり一限目開始のチャイムが鳴ると、携帯ゲーム機で遊ぶ逢坂以外の三人は勉強道具を取り出した。春休みが終わってから、三年生の三人は自習の時間に勉強をするようになったのだ。
しかしテントの中には勉強が出来る設備が整ってなかったので、テントの中に四人分の机を置いて勉強をしている。テントの中に机が並んでいる光景はシュールだが、これも俺たちらしいということで解決した。
机の並びは横一列に並んでいて、左から順に俺・瑠愛・桜瀬・逢坂の順に並んでいる。
「うー、英語分かんないよー。長文が読めませーん」
英語の問題集を解いていた桜瀬は、唇を尖らせながら机の上に頬杖をついた。
「単語覚えるしかないんじゃないかな」
「やっぱり単語だよね。あー、二年生の時になんで単語勉強して来なかったんだろ」
「今から頑張るしかないって」
「なんとなく今から単語を勉強するのもなーって気分なんだよね」
「そこを面倒くさがってたら、英文の読解力が上がらないぞ?」
「ひぃぃ……頑張らなくちゃなあ……」
桜瀬は苦い表情をしながら、テーブル脇に掛かっているバッグから英単語帳を取り出して読み始めた。
俺もそこで現代文の勉強に区切りをつけて休憩しようとすると、逢坂がソワソワとしながら俺たちの様子を眺めていることに気が付いた。
「どうした逢坂。トイレか?」
「ち、違いますよ!」
頬を赤く染めながら力強く否定すると、逢坂は携帯ゲーム機を机の上に置いていた。
「なんかソワソワしてるように見えたんだが」
そう言ってみせると、桜瀬と瑠愛も逢坂の方を向いた。一斉に視線を向けられた逢坂は戸惑いながらも、おずおずといった様子で口を開いた。
「いやあ、先輩たちが熱心に勉強してるのに、わたしだけがゲームで遊んでて良いものなのかと思ってですね」
申し訳なさそうに言う逢坂を見て、俺と桜瀬と瑠愛は顔を合わせた。三人でアイコンタクトを取ってから、桜瀬が代表して話す。
「別に気にしなくてもいいよ? アタシたちが二年生の時もスマホいじったり本読んでたりしてたんだから」
桜瀬が言ったことに、俺と瑠愛はコクコクと頷いた。
「いやでもですね。さすがに気が散りません? わたしがゲームしてると」
「全然大丈夫だよ。むしろ静かにしててくれるから、すごく助かってるくらい」
「んー、でもでも……やっぱりわたしも勉強します! ちょっと落ち着かないので!」
逢坂は携帯ゲーム機の電源を切るとカバンにしまい、代わりに英単語帳を取り出した。
先輩三人が勉強をしてる中でゲームをやっていることに、後ろめたさを感じてしまったのだろう。なんて良い子なのだ。
「あはは、ありがとね、愛梨ちゃん」
桜瀬は笑顔を作って笑うと、逢坂の頭を撫でた。逢坂の髪は根元が黒くなってきていて、いわゆるプリン状態になってきている。最近はブリーチをしていないのだろう。
「いえいえ! わたしも先輩たちと同じ大学に入りたいので!」
「え、逢坂も俺たちと同じ大学に入るのか?」
「なんですか湊先輩。その迷惑そうな言い方は」
「いやいや、そんなこと思ってないんだけどな? 俺たちが入るからって理由で志望校決めてもいいのかなって思っただけだ」
「いいんですいいんです。先輩たちと同じ大学に入りたい──立派な理由じゃないですか!」
得意げな顔で逢坂が言うと、突然瑠愛が突然立ち上がった。皆が突然立ち上がった瑠愛に視線を向けている。瑠愛はゆっくりとした動きで、戸惑っている逢坂に抱き着いた。
「嬉しい。愛梨、好き」
瑠愛は目を閉じて、逢坂の頬に頬ずりをしている。
「え、ちょ、瑠愛先輩!? 化粧ついちゃいますよ!? で、でも、えへへ、瑠愛先輩に抱き着かれるの気持ちいいです」
本当に気持ちよさそうな顔をしている逢坂と、目を閉じてギュッと抱き着いている瑠愛。この一年とちょっとで、二人の仲はだいぶ縮まったようだ。
「よーし、アタシも混ざっちゃおうかなー」
今度は桜瀬が席を立つと、ニヤニヤとしながら瑠愛と逢坂に抱き着いた。
「わあ! 紬先輩温かーい。落ち着くー」
「紬の匂いと愛梨の匂い……たしかに落ち着く」
逢坂と瑠愛が桜瀬を受け入れ、三人はキャッキャと騒いでいる。そんな微笑ましい光景を眺めながら、現代文の勉強を再開しようとすると──。
「湊先輩もこっち来てくださいよー」
逢坂から無茶ぶりが飛んで来た。さすがに女子三人が抱き合っているところに、俺が入るワケにはいかない。というか、今だけはこのテント内に居るのも、ちょっとだけ気まずいくらいだ。
「湊も来て」
「今ならアタシたちに抱き着くの許してあげるわよー」
不思議なことに、全員から許可が下りた。
なぜそんなに信用されているのかは分からないが、きっと悪くは思われていないということなのだろう。
「いや、俺は遠慮しておきます……」
その信用を無くさないためにも、俺は現代文の勉強に戻ることを決意した。
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