ずっと一緒に
大晦日の二十三時半。あと三十分で年を越すが、まだ実感が湧かない。
俺と瑠愛は肩を合わせてみかんを食べながら、年越しの瞬間を待っている。
年越しそばを食べようかとも思ったのだが、瑠愛がそばアレルギーということで、年越しみかんを食べることになった。
「……眠い」
今にでも寝てしまいそうな顔をしている瑠愛はテレビで流れるお笑い番組を観ながら、みかんをモムモムと咀嚼している。
「もう寝るか?」
「ううん、寝ない」
「大丈夫か? もう寝そうだぞ」
「みかん食べてるから大丈夫」
瑠愛は食べ終わったみかんの皮をテーブルの上に重ねていて、既に五枚も重なっている。そしてまた、袋に入っているみかんに手を伸ばして、皮を剥き始めた。
俺はまだ二個目のみかんを食べている途中だが、瑠愛は六個目を食べ始めた。
「みかん好きなんだな」
「うん、大好き」
「甘酸っぱいの好きなんだ」
「味じゃない。食べやすさ」
「食べやすさ……」
「皮が最初から剥いてあれば、一番好きな食べ物になれたのに。残念」
最初から皮が剥いてあるみかんか……それならば缶詰めでいいのでは……? と思うのだが、きっとそういう問題でもないのだろう。
「ちなみに瑠愛の一番好きな食べ物ってなんだ?」
「水」
「……それは飲み物じゃないか?」
「じゃあ、湊の作ってくれる……」
「作ってくれる……?」
「食パンにイチゴのジャムが乗ってるやつ」
「おお、朝ご飯のやつな。あれが一番好きなんだな」
「うん。一日が始まったって感じがする」
意外と庶民派なんだな……。瑠愛の見た目はスコーンに紅茶が似合うが、中を覗いてみると六枚二百円もしない食パンにイチゴジャムを塗った食べ物が好きらしい。
「湊は好きな食べ物なに?」
「俺か? あー、オムライスとかハンバーグとか子供が好きな食べ物は大体好きだな」
「そうなんだ。オムライスなら作れるから、今度作ってあげる」
「え、まじ?」
「まじ」
なんだか自然な流れで、瑠愛がオムライスを作ってくれることになった。普段は俺が料理を作ることが多いので、めちゃくちゃ嬉しい。その嬉しさが溢れて、みかんを握る瑠愛の手を握った。
「ありがとう。すっごく楽しみにしてる」
キョトンとした顔をする瑠愛に言うと、彼女は頬を緩ませて微笑んだ。俺が笑っているわけでもないのに、瑠愛が笑ったことに驚いた。
「頼めばいつでも作ってあげたのに」
そんなセリフを言って微笑む彼女を、抱きしめずにいられるか……少なくとも俺は無理だ。家の中なので、人目を気にせずに抱き着く。
俺と同じシャンプーの匂いと、柔らかで華奢な彼女の体に安心する。
「最近、よく湊から抱き着くよね」
そんなことを言われて、俺は瑠愛から離れて顔を合わせる。
「そうか?」
「うん、よく抱き着かれる」
「あー、多分あれだ。瑠愛と付き合ってから好き度がどんどんと上がってくから」
「好き度?」
「好き度ってのは……どれくらい好きかってことかな」
「どんどん好きになってくってこと?」
そう言われてみると、なんだかちょっとだけ照れる。
「まあ、言葉にするとそうだな」
頬を掻きながら頷くと、離れた俺の手を瑠愛が握った。
「私も湊のことがどんどん好きになってく」
「おー、そう言われると嬉しいな」
「私も、湊が同じだったの嬉しい」
『嬉しい』や『楽しい』を口に出せるようになってから、どんどんと瑠愛が可愛くなってくる。やはり感情が表に出ると、印象も変わるのだろう。
これからもっと感情を外に出せるようになっていくと思うと、もっと可愛くなるのだろうから恐ろしい。
そんなことを考えながら瑠愛の手に視線を向けると、彼女の手が黄色くなっていることに気付く。
「あれ、瑠愛。手が黄色くなってるぞ」
「うん、みかんの食べ過ぎだと思う」
そりゃあ六個もみかんの皮を剥いていれば、これだけ黄色くなるか。爪の間に入った汚れを落とすのは、なかなか大変そうだ。
「寝る前に手洗わないとな」
「うん、洗う」
俺が笑いながら言うと、彼女も微笑みながら頷いた。
そんなことをしている内に、年越しまで残り五分を切っていた。
「やば、もう少しで年越しだぞ」
来年がすぐそこまで迫っていると思うと、とてもソワソワとさせられる。
しかし隣に座る瑠愛は通常運転で、みかんを食べ続けている。これは絶対に夜中起きてトイレに行くやつだろ。
瑠愛は六個目のみかんを食べ終え、ベッドを背もたれにして深く座り直した。
それからは瑠愛と今年の思い出話をしていると、年越しまで残り十秒を切っていた。
「五……四……三……二……一……あけましておめでとう! 今年もよろしくな、瑠愛」
一人で拍手をしていると、瑠愛も真似るようにして拍手をした。
「あけましておめでとう。こちらこそ、今年もよろしく」
楽しかった思い出が去年のことになってしまったのは寂しい気がするが、年を越して心機一転頑張ろうという気持ちにもなった。
「湊、屋上登校のグループで紬と愛梨から「あけおめ」って送られて来てる」
「おー、あいつらも起きてたんだな。二人に返信してから寝る準備しようか」
「そうだね」
二人で頷いてから、俺もスマホを手に取る。
「湊」
名前を呼ばれて瑠愛の方を向くと、彼女と目が合った。その瞬間に、彼女はふっと頬を緩めた。
「今年もずっと一緒に居ようね」
その甘い言葉は、俺の眠気を一気に消し去るものとなった。俺は我慢出来ずに、またも瑠愛に思い切り抱き着いていた。きっと来年もいい年になる。そんなことを思いながら。
――第九章 完――
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