アタシの恋はここで終了
皆でダラダラとした時間を過ごしているとあっという間に空は暗くなり、夕飯は俺の作ったカレーライスを食べた。
四人の舌に合うか不安だったが、皆が「美味しい」と口にしてくれたので、自分のカレーに自信を持つことが出来た。
夕飯を食べ終えた皆は庭に移動して、俺と瑠愛が買っておいた花火をすることになった。
「わー! すっごく綺麗ですよー! 瑠愛先輩! ほら!」
逢坂は綺麗な火花を散らす手持ち花火を二本持つと、それを瑠愛に見せつけるようにして振り回した。
「うん、すごく綺麗」
瑠愛は手に持っていた手持ち花火をロウソクに近づけると、すぐにオレンジ色の綺麗な火花が散り始めた。
そのまま瑠愛と逢坂ははしゃぎながら、庭の真ん中辺りで花火を始めた。
「いいわねぇ……こうやって生徒たちが遊んでるところを見ながらのお酒は」
「そっちですか」
「そっちよそっちー。明日で帰らなきゃいけないんだから、今日くらいは生徒の遊んでる姿を見てお酒を飲むわよー」
今日も推川ちゃんは缶チューハイを飲んでいる。彼女は缶を持ったまま、瑠愛と逢坂の面倒を見に行ってしまった。
縁側には俺と桜瀬が並んで座っている。隣に座る桜瀬は、花火が入っている袋を熱心に眺めたあと、中から線香花火を二つ取り出した。
「ねえ湊、一緒に線香花火で勝負しない? もちろん先に落とした方が負け」
「お、いいね。やろうか」
「じゃあはい、湊はこっちで」
「おう」
桜瀬から線香花火を受け取る。こうやって見ると普通のヒモにしか見えない。それを二人でロウソクへと近づけて、火をつける。すると二人の線香花火の先端には、小指よりも小さな火球ができた。
「風も無いから長く続きそうだな」
「だね、長期戦になりそう」
二人並んで座りながら、出来るだけ線香花火を揺らさないようにと集中する。ちょっとでも手を揺らそうもんなら、線香花火が大きく揺れてしまう。
手先に集中しよう。そう思った時のことだ。
「私、湊のこと諦めたから」
不意にそんな言葉を掛けられて、動揺で手が揺れる。しかし火球は地面に落ちることはなく、頑張って紐にくっついている。
しかしその言葉にどう反応をすれば良いのか分からず、何も返す言葉が見当たらない。
「そうか」
それでも何か反応しなければいけないと思い、俺の口からは素っ気ない返事が出てきた。
「何よその反応。「やっとか」みたいな言い方じゃない」
「いやいや、そんなことは本当に思ってない。なんて反応すればいいのか分からなかったんだ」
「ほんとにー?」
「ほんとほんと」
幸いなことにも桜瀬の声色は明るい。そのことに安心をしながら、俺も落ち着いて会話をする。
「っていうか今まで諦めてなかったのか」
「言ったでしょ? アタシは諦めないって」
「言ってたけどなあ……俺に彼女が出来たから諦めたのかと思ってた」
「本気の恋心はそれくらいじゃ諦めきれないのよー」
その諦めきれなかった男が俺だと思うと、少しだけ照れくさく思う。
俺にそこまで執着するくらいの魅力があるのだろうか……自分では全く分からない……。
「でももう諦めたんだよな?」
「うん、昨日ね」
「き、昨日? 何があったんだ……」
「それは秘密よ。アタシを振った相手に教える訳がないでしょ」
「べー」と真っ赤な舌を出した桜瀬。そんなことを言われたらこれ以上何も聞けなくなってしまったが、桜瀬の目元が薄らと赤いのと何かしらの関係があるのかもしれない。
「でも……湊と付き合ってから瑠愛の表情が柔らかくなっていくのは理由のひとつかな」
桜瀬がそう言った直後、二人の線香花火の火球がパチパチと音を立てて火花をスパークさせ始めた。
「やっぱりアイツ表情柔らかくなったよなあ。何回か笑ったこともあるんだぞ」
「え、ほんと!? あの感情を表に出さない瑠愛が!?」
「ほんとほんと。ちなみに瑠愛が笑うとめっちゃ可愛い」
「いいないいなー。アタシも瑠愛が笑ったところ見てみたい。今度笑ったら写真撮って送ってよ」
「おう。撮れたらな」
スマホを向けると笑顔が消えてしまうので、写真に収めるのは時間がかかりそうだ。
「瑠愛もついに笑うようになったかー。やっぱりアタシじゃなくて湊なんだなー」
「どういうことだ?」
「そのままの意味よ。アタシじゃ瑠愛に感情を覚えさせるのは無理だった。でも湊と付き合うようになった瑠愛は、段々と感情を覚えつつある。今まで感情の『か』の字もなかった瑠愛が笑ったのよ? それがどれだけ凄いことか分かる?」
食い気味に尋ねる桜瀬に、俺は「まあ、うん」と引き気味な返事をした。
「でしょ? だから瑠愛には湊が必要ってワケ。もしかしたら高校を卒業する前に瑠愛が感情を知れるかもって思ったら、アタシが邪魔するワケにはいかないじゃない」
「そう……なのか?」
「そうよ。アタシだって瑠愛が笑ったり怒ったりしてるところ見たいもの。だから湊には頑張って貰わなきゃ」
その言葉が終わると同時に、桜瀬の持っていた線香花火から火球が地面に落下した。地面に落ちた火球はすぐに黒色になり、夜の闇に消えていった。
「あーあ。アタシの負けね」
桜瀬はそう言って笑うと、俺に向けて拳を突き出した。
「だから頑張ってね。瑠愛が心から笑えるようになるには、湊が必要だから」
瑠愛が心から笑えるように、か。
俺と付き合い始めてから、段々と感情を理解して来た瑠愛だ。心から笑ってくれるようになる日は、そう遠くない未来にあるのかもしれない。
「おう、任せとけ」
人の感情を引き出すのがどれだけ難しいかは、瑠愛と接して来て分からせられた。でももう少しなのだ。もう少しで瑠愛の感情を引き出せる気がする。
その明るい未来だけを信じて、桜瀬の突き出している拳に自分の拳をくっつけた。
――第八章 完――
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