第九章 ずっと一緒に居たい
死ぬまでモテることになる
夏休みも終わり、季節は秋になった。
学校では空き教室登校から屋上登校に移り変わり、慣れ親しんだ日常が帰ってきた。
カレンダーを見ると十一月五日の土曜日。ぼちぼち冬である。
昼食を食べ終えて皿も洗い終わり、俺と瑠愛はベッドを背もたれにしてテレビを観ていた。
「ねえ湊」
「どうした?」
「どっか行きたい」
瑠愛は俺の顔を覗き込みながら、そんなことを言った。
瑠愛と同棲を始めてから三ヶ月。その間はほとんどお家デート状態で、一緒にテレビを観たりゲームをしたりしていた。しかしそんなことを三ヶ月も続けていれば、遊ぶネタもマンネリ化してしまうものだ。
だからたまには、外でデートをするのもアリかもしれない。
「いいね、どこ行こうか」
「お散歩」
「お散歩? どこを散歩するんだ?」
「適当に、そこらへん」
適当にそこら辺を散歩するのか……瑠愛らしい提案だが、高校生のデートではなく老夫婦のデートみたいだな。
「全然いいんだけど、瑠愛はそれでいいのか?」
「うん、湊と一緒に歩きたい」
そんなことを面と向かって言われたら、叶えてやるのが彼氏だろう。
瑠愛の頭をガシガシと撫でてから立ち上がり、彼女に手を差し伸べる。
「よっしゃ、そうと決まれば早く行こう。ちょっと遠くまで歩いてみような」
そう言いながら笑ってみせると、瑠愛の頬も緩んだ。やっぱり俺が笑うと、彼女も釣られるらしい。
「うん、行く」
差し出した手を瑠愛が握ったのを確認してから引き上げ、そのまま力強く抱きしめた。
もう何度も抱きしめた彼女の体だが、何度ハグをしても愛おしくてたまらない。このまま時が止まってしまえばいいのにとすらも思う。
「好き」
「ああ、俺も好きだ」
最近、抱きしめたりキスをしたりすると、瑠愛はよく「好き」と口にしてくれる。それが嬉しくてたまらないので、何度も抱き寄せたりキスしたりしてしまう。瑠愛にぞっこんだ。
永遠にも感じたハグを終えてから、俺たちは外に出た。
☆
瑠愛と腕を組みながら、特に目的地もなく住宅街を歩く。
辺りには家々が並んでいて、たまに遊んでいる小学生の姿も見える。
「ほんとに散歩でいいのか?」
「うん、これがいい」
瑠愛は俺の腕をぎゅっと掴みながら、こくりと頷いた。
「瑠愛がいいんだったらいいんだけど」
目的地もなく歩くのは久々というか初めてかもしれない。どこまで行こうかと頭で考えている時のこと……。
「私、湊と同じ大学に行きたい」
突然、瑠愛はそんなことを言い出した。その瞳はこちらを向いていて、冗談を言っているようにも見えない。
「それはめちゃくちゃ嬉しいんだけどさ、瑠愛の学力ならもっといい大学行けるだろ」
「分からない。けど、どんな大学でもいいから湊と一緒がいい」
もしかして俺は幸せ者なのだろうか。こんな可愛い彼女に、「ずっと一緒に居たい」と言われているようなものだろう。
「両親はなんて言ってるんだ?」
「大学に進学した方がいいって言われただけで、どこの大学に行けとは言われてない」
「そっか」
ということは、どこの大学でもいいということなのだろうか。学力相応の大学ではなく、彼氏と同じ大学がいいという理由でも。
「湊はそれでもいい?」
「もちろんいいぞ。俺だって瑠愛と同じ大学に行きたい」
「そう。よかった」
瑠愛は安心したような声色で言うと、前を向いて歩き始めた。
気が付けば住宅街を抜けて、川沿いの道を歩いていた。十一月の川沿いは、ちょっとだけ肌寒く感じる。
「そろそろ受験するとこ決めないとな」
「うん、月曜日に進路面談があるよ」
「え、まじ?」
「ほんと。推川先生が言ってた」
「月曜日だったか。もうちょっと先かと思ってた」
進路面談とは、どこの大学に行きたいのか、今の学力ならどこの大学を目指せるか、などなど受験に関する話が出来るらしい。もちろん進路面談をしてくれるのは、推川ちゃんだ。
「湊はどこの大学にするの?」
「まだ何も決まってないんだよなー。でも文系の大学に進みたいと思ってる」
「意外。理系科目が得意だから理系の大学に進むのかと思ってた」
「あー、高校までの数学ならなんとか出来てるけど、大学行ってまで数式を学ぼうとは思わないな。着いて行けなくなる未来が見えてる。あと単純に、数学よりも国語の方が好き」
「学校ではずっと本読んでるもんね」
「そういうことだ」
本は好きだ。読むだけで作者の世界観や知識を学べる。それとただ単に、文字列を読むという作業が好きなのかもしれない。なんというか、本を読んでいると落ち着く。
「だからもしも俺と同じ大学にするんだったら、文系の大学に進むことになるぞ」
「うん、それでもいい。文系女子になる」
瑠愛が文系女子か……。図書館で一人、銀髪の美少女が本を読んでいる姿を想像してみると……それにメガネなんかも掛けちゃったりして……うん、そそられるものがある。
「絶対に似合うだろうなー」
「理系女子の私はどう?」
瑠愛が理系女子か……。白衣を着て、研究室で研究をしている銀髪の美少女……やっぱりそそられるものがある。
「理系女子も似合うな……どっちもこれでもかってくらいモテそう」
「別にモテなくてもいい。湊からモテてれば、それでいい」
なんて可愛いことを言ってくれるのだろう。最近は自分の思ったことを素直にぶつけてくれるから、四六時中ずっとキュンキュンさせられっぱなしだ。
「多分だけど、俺からは一生モテることになるぞ?」
「一生?」
「ああ、死ぬまでずっと。大変だろ?」
冗談半分でそう尋ねてみると、瑠愛は少し考えたあとに頬を釣り上げて笑みを浮かべた。いつもの柔らかな笑みではなく、にやけ顔というやつだ。そんな表情も出来るのかと驚かされる。
「最高」
にやけ顔をこちらに向けながら、ぽつりと言葉を吐いた。
そのにやけ顔が嬉しさを表現しているようで、俺は胸の奥にくすぐったさを感じた。
「ずっと一緒に居ような」
瑠愛の顔を見ながら言うと、彼女は目を細めて微笑んだ。
ほんとうに、表情が柔らかくなったよなぁ……。
「うん、ずっと一緒」
それを言う彼女の口調は、どこか弾んでいるようにも聞こえた。
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