大好きなんだもん
♡
夕飯は宅配ピザを頼んだ。山奥のコテージと違って、こちらは少し車を走らせれば街があるので便利だ。
夕飯も食べ終わりリビングでダラダラと過ごしたあと、皆は自分の部屋に戻った。
部屋に戻るなり愛梨ちゃんは寝息を立て始めてしまい、アタシも後を追うようにして眠りたかったが、夏の暑さや旅行の興奮も相まって寝つけなかった。
飲み物を飲もうと一階に降りると、リビングは電気が点いていないのに、縁側の窓が開いていた。
まさか強盗……? と思ったのだが、縁側には知っている人が座っていた。今はコンタクトではなくメガネを掛けているのだが、あの人の後ろ姿で間違いないだろう。
「あれ、推川ちゃん」
その後ろ姿に声を掛けると、推川ちゃんは肩をピクリとさせてからこちらを振り向いた。
「なんだ紬ちゃんか。びっくりしたぁ」
「それはこっちのセリフだよ。何してたの?」
「なんか眠れなかったから、夜の海でも見ながらお酒飲もうと思ってね」
推川ちゃんは頬を緩めて笑いながら、手に持っている缶チューハイをカラカラと振って見せた。
「紬ちゃんはどうしたの? 愛梨ちゃんは居ないみたいだけど……」
「愛梨ちゃんは寝ちゃったよ。でもアタシは寝れなかったから飲み物を取りに来たの」
「そうだったんだね。じゃあせっかくだし私の話し相手でもどう?」
いつもよりも柔らかく笑う推川ちゃんは、ちょっと酔っ払っているように見える。
酔っ払いの相手か……と思ったのだが、どうせ部屋に戻っても眠れなそうだからと、アタシは首を縦に振った。
「いいよ。アタシも飲み物持って来ちゃうね」
「はーい、冷蔵庫の一番下に缶ジュースいっぱい入ってるよー」
推川ちゃんの声を背中に聞きながら冷蔵庫の一番下を開いて、オレンジジュースの缶を手に取り縁側に戻る。
「ささ、隣に座りたまえ」
推川ちゃんはそう言いながら、隣をパンパンと叩いた。
「やっぱり酔っ払ってるよね」
「酔っ払ってないよー。これくらいで誰が酔うかー!」
「ちゃんと酔っ払ってるじゃん」
やっぱり部屋に戻るべきだったか……とちょっとだけ後悔しながらも、推川ちゃんの隣に腰掛ける。夜の縁側はとても涼しく、波の音まで聞こえてくる。視線を上げてみると、満月の光に照らされる海まで見える。ロマンチックとはこういうことなのだと、夜の海を見た瞬間に思った。
「旅行はどう? 楽しんでる?」
推川ちゃんに顔を覗き込まれながら問われ、アタシは「うん」と頷いた。
「すっごく楽しい。あとは愛梨ちゃんが楽しんでくれてるかだね」
「そうだね。でも楽しんでると思うよ。愛梨ちゃんずっと笑ってたもん」
「え、そうだった?」
「そうよー。学校に居る時よりも表情が柔らかったもん」
「そうだったんだー。同じ部屋なのに気付かなかったなあ」
表情が柔らかいという話題で、アタシの頭の中にはもう一人の人物が思い浮かんだ。
「表情が柔らかいって言えばさ、瑠愛もそうだよね?」
「あー、柊ちゃん表情柔らかくなったよね。特に佐野くんと一緒に居る時」
「そうそう。っていうか瑠愛が湊にべったりなんだよねー」
「なんていうか……付き合う前は瑠愛ちゃんがこんなに骨抜きにされるなんて思ってもなかったなー。確かに佐野くん優しそうだもんね」
推川ちゃんはそう言ってから、缶チューハイに口をつけた。
「優しいですよ、湊は」
口から出てきた掠れた声に自分でも驚き、隠すようにして膝を抱き寄せた。しかしもう手遅れだ。推川ちゃんは心配そうな顔をしながら、アタシの顔を覗き込んだ。
「紬ちゃん?」
推川ちゃんに名前を呼ばれて、心臓がドキリと跳ねた。膝をこれでもかと抱き寄せたが、鼻にツンとしたものを感じた。
「ほんと、アタシって性格が悪いんだよ。瑠愛が楽しそうにしてるのを見て嬉しいはずなんですけど、心のどこかでは「アタシが湊と付き合ってたら、今日の旅行ももっと楽しくなったんだろうな」ってずっと考えてたくらい」
それを口に出してみると、どんどんと自分が嫌になってくる。
「でも瑠愛が湊と付き合ってから、湊のことは諦めきれたの。だって瑠愛も湊もすごく楽しそうなんだもん。「あ、アタシが入る隙なんてないんだなって」嫌でも分からせられるっていうか……」
そこでついに、我慢していた涙が頬を伝った。
メガネを脇に置いて、自分の膝に瞳を押し付けるようにして、「涙よ止まってくれ」と心の中で叫び続ける。
「うん、紬ちゃんは偉いよ。何があっても佐野くんと柊ちゃんのことは大好きで居るんだもん」
「ううん……違うの……嫌いになれないの……グスッ……二人とも大好きなの……こんなアタシと仲良くしてくれるんだもん……嫌いになんてなれるわけないよ……グスッ」
早く泣き止まなければ……そう思えば思う程に、どんどんと涙が溢れ出してくる。
「うん、紬ちゃんはすごい。この二年間の高校生活の間に色々なことを経験したね」
推川ちゃんはそう言いながら、アタシの頭を撫でてくれる。その温かさに、涙が止まらなくなる。
「うん……ッ……はやくアタシも幸せになりたい……」
「なれるよ、紬ちゃんなら」
拗ねたように言うアタシを、推川ちゃんがギュッと抱き寄せてくれる。推川ちゃんの体温が皮膚を伝って心にまで浸透してくる。
「推川ちゃん……」
「どうしたの?」
「酒臭い」
「えぇ……今それ言う?」
ぷはっと吹き出した推川ちゃんの声を聞いて顔を上げると、そこには優しく笑う彼女の顔があった。
彼女の笑顔を見ていると、アタシも自然と笑みがこぼれた。
「やっぱり紬ちゃんは笑顔が似合うわね」
笑顔を浮かべる推川ちゃんは、頭を撫でながらもう一度抱き寄せてくれた。
満月の下で推川ちゃんの胸に顔を埋めながら泣き、今まで心にあったモヤモヤが全て流された気分になった。
これで明日からは、心から旅行が楽しめるようになるだろう。
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