Mじゃなくて安心
貸切状態の海とは楽しいもので、それからも一時間は海で遊んでいた。
桜瀬と推川ちゃんと三人で、ビーチボールを使ってドッジボールのような遊びをしていた。膝まで海に浸かりながらのドッジボールはとても疲れるもので、俺は二人よりも早く音を上げて砂浜に戻った。
「あれ、二人はこっちにいたんだな」
砂浜では瑠愛と逢坂がしゃがんで肩を寄せ合いながら、砂遊びをしているようだった。
二人の足元には砂で出来たお城があり、どこから持ってきたのかスコップも置いてあった。
「湊が帰って来た」
俺を見た瞬間に目を輝かせた瑠愛を見て、抱きしめてやりたくなった。でも逢坂の前では恥ずかしいので、部屋に戻ってからにしておこう。
「おー、湊先輩、いいところに来ましたねー」
逢坂も出迎えてくれているようだ。
瑠愛の隣に腰を下ろしてみると、砂で出来たお城は無駄に緻密でリアルなことに気が付いた。
「このお城は二人で作ったのか?」
「うん、愛梨と二人で作った」
「すごすぎるだろ……お前らタッグ組んで芸術家にでもなった方がいいんじゃないか?」
「芸術家ですかあ……アリですね。瑠愛先輩、一緒にどうですか?」
「んー、湊のお嫁さんになりたいから却下で」
その瑠愛の一言に、俺と逢坂が「おぉ……」と唸った。
そういうセリフを照れもせずに言えるのは、ロシアの血が流れているからなのだろうか。いや、柊瑠愛という人間だからだろう。
「瑠愛先輩……湊先輩に骨抜きにされてるじゃないですか……同棲生活で何が……」
目をパチパチとさせている逢坂の手を、唐突に瑠愛がギュッと掴んだ。
「愛梨も好き」
瑠愛は無表情のまま、逢坂の顔をじっと見て言った。なんの前触れもなく手を握られて、逢坂は戸惑ったように目を白黒とさせながら顔を真っ赤にさせた。
「ど、どどどど……どういう? え、今わたし告白されてるんです? え、え、どうしよう……でも今は女子同士でも普通だし……むしろ瑠愛先輩なら……あり……?」
「落ち着け逢坂。絶対なにか勘違いしてるから」
「はひぃ! すいません湊先輩! これからはわたしが瑠愛先輩の恋人に……!」
一人で暴走を始めた逢坂の頭に軽くチョップをする。「あいたぁ」と可愛い声を上げながら頭を抑えて、逢坂は上目遣いでこちらを見た。
「あーん、湊先輩に手を上げられました〜、女の子の頭に酷いですよ〜。これ以上バカになったらどう責任を取るんですか〜」
「そんなに頭悪くないだろ。でももしも頭悪くなったらもう一回チョップしてやるから安心しとけ」
「湊先輩がいじわるですよ〜。瑠愛先輩からも何か言って上げてください〜」
逢坂は泣き真似をしながら、瑠愛に抱き着いた。
美少女同士が水着姿で抱き着いている光景は、俺の目からは絶景に見えた。
「私にもチョップして」
瑠愛はそう言うと、俺に頭を向けた。しっとりと濡れている銀髪は、太陽の光を反射してとても綺麗だ。
「何か言ってくださいって言いましたけど、そういうことじゃないんですよねぇ」
瑠愛から離れた逢坂は、「あはは」と苦笑いを浮かべた。
「チョップされたいのか?」
「うん、されたい」
「ちなみに理由を聞いてもいいか?」
「チョップされたことないから」
「それだけか?」
「うん、それだけ」
好奇心旺盛な瑠愛のことだ。きっとまだ経験したことのないチョップを体験したみたいだけで、決してマゾっ気があるわけではない……と思う……。
「じゃあチョップするぞ」
「うん」
頭を突き出して待つ瑠愛の脳天に、逢坂にしたのと同じくらいの力でチョップをする。
「これでいいか?」
瑠愛の顔を覗き込みながら尋ねると、彼女は無表情のまま首を傾げた。
「いいけど、あんまり好きじゃないかも」
そこで「好きかも」とか「癖になりそう」とか言われなくて安心した。瑠愛の中の新たな扉を開いてしまうところだった。
「瑠愛先輩、Mなのかと思いました」
「ああ、俺もそう思った」
俺と逢坂がそう言うと、瑠愛はキョトンとした顔を浮かべた。
「Mってなに?」
純新無垢な瞳で問われて、俺の心臓はギクリと跳ねた。これは教えるべきなのかと逢坂に視線を向けると、彼女は首をブンブンと振ってから腕を交差してバツマークを作った。どうやら瑠愛の純白を守るようだ。
「そんなことよりも瑠愛、ここで城を作って遊んでたのか?」
「ん、カニを遊ばせてた」
無理矢理に話を逸らすと、瑠愛は城の門にあたる部分を指さした。そこには茶色い甲羅を背負った小さなカニが居た。多少強引ではあったものの、瑠愛の気を逸らすことが出来たようだ。
「カニを遊ばせてた……? どういうことだ?」
「そのままの意味。お城でカニを遊ばせてた」
瑠愛の言葉だけでは意味が分からずに、逢坂へと視線を向ける。
「瑠愛先輩の言う通りですよ。さっき捕まえてきたカニを、城に乗っけたり歩かせたりして遊んでたんです」
逢坂からの説明を聞いても、あまりピンと来なかった。いや、何をして遊んでいたのかは分かったのだが、砂浜での遊び方が独特すぎて、俺の頭の中に大きなクエスチョンマークが浮かび上がったのだ。
「その遊び面白いのか?」
瑠愛と逢坂に向かって尋ねると、二人は同時に頷いた。
「面白い」
「めっちゃ面白いですよ。湊先輩も一緒にやりましょう」
二人に真面目な瞳を向けられて、俺は「そうか」と頷き返すことしか出来なかった。
こうして俺も謎の遊びに付き合うことになったが、ヘトヘトになった桜瀬と推川ちゃんが砂浜に帰ってくる頃には、城の屋根を走るカニに夢中になっていた。
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